無料ブログはココログ

2009年7月28日 (火)

公園の野良ネコ

元常連の野良ネコ「だいちゃん」のその後です。今朝、ぼくの母が路上で「だいちゃん」を見かけました。相変わらずやせ衰えていたそうです。自動車が通りかかったので、轢かれるかと思ったそうですが、「だいちゃん」はすずしい顔でよけていたとのことでした。そしたら、ここのところ庭にときどきやってくる、図々しい三毛ネコが現れて、「だいちゃん」に寄り添っていたそうです。三毛ネコなので雌だと思いますが、「だいちゃん」もまだ幸福にやっているようでした。

ぼくはというと、コミケ小説に本格的にかからなければならないのに、厚いわ、頚椎が痛むわで、身が入りません。夕方からバイトがあるので、日中に何とかしなくてはと焦るのですが、何もしないまま、どんどん時間だけが過ぎてゆきます。仕方がないので、臨時収入が入ったので、ジムのカフェに行ってビールをジョッキで飲みましたが、その後もまたビールが飲みたくなったので、コンビニで缶ビールを買い、つまみとしてチーズとソーセージを購入しました。家まで持ち帰るのは面倒だったので、コンビニの近くの公園まで行ったところ、誰もいなかったので、そこのベンチで一杯やることにしました。

ベンチでビールの缶を開けて喉を湿らせ、チーズを口にしたところ、公園内に野良ネコが1頭いるのが目に入りました。白と茶色のネコで、小柄で、尾が長く、かわいい顔をしていました。そこで、チーズをちぎって投げてやると、食べていました。その後、ベンチのほうまで近づいてきたので、さらに投げてやったのですが、チーズにはもう飽きたようです。それでも、まだ何か欲しそうな表情でこちらを見ているので、ソーセージをちぎって投げてやりました。ペッパー入りだったのですが、平気で食べていました。その後もこちらを見ているので、何切れか投げてやりました。ぼくがビールを飲み終えて、公園を去ったあとも、その場に留まっていたようです。

実は数年前の夏もしばしば、公園にて缶ビールを開けていたものです。つまみとしてはフランクフルトソーセージまたはアメリカンドッグを重宝していました。そのときもしばしば野良ネコが近づいてきたので、ソーセージをちぎって投げてやると、喜んで食べていました。彼らは人間からものをねだるのに慣れていたようです。

2009年7月25日 (土)

「だいちゃん」哀れ

昨日まで毎日、猛雨が続きましたが、今日は晴れていました。ただ、猛烈に熱く、しかも蒸し蒸ししていて、やりきれなかったです。夕方からバイトなので、体力を温存すべく、日中は横になって過ごしていました。本当は、コミケ小説にも取り掛からなければと焦りを覚えますが、今一やる気が起きません。昼ごろに散歩したら、気温は上昇していましたが、風が吹いていて、気分が良かったです。

現在の我が家の庭の野良ネコ状況です。庭は完全に「ひよひよ一味」、つまり、「ひよ弟」とその仲間の茶虎のネコたちの勢力下にありますが、それ以外の流れ者みたいなネコたちも姿を見せるようです。ここのところ、ぼく自身は家にいる時間帯が少なくなったので、以前に比べると庭の野良ネコたちに接する機会も少なくなったのですが、母は毎日、庭仕事をしているため、彼らの行動をよく観察しているようです。「ひよひよ一味」のうち、「めめちゃん」は特になついており、かつての「くろちゃん」のような信頼関係を築きつつあるようです。

ここのところ、以前の常連だった「だいちゃん」が滅多に姿を見せなくなりました。数か月前に現れたので、餌を与えたところ、昔のように食べていましたが、食事中に「ひよひよ一味」が現れ、とり囲んでじっと見ていたので、「だいちゃん」は途中で去って行ったことがあります。「だいちゃん」も年を取ったのか、嘗てのような威勢の良さは見られませんでした。

「だいちゃん」はその後も庭には姿を見せませんでした。家族の話によると、近くの路上で何度か姿を見たそうです。

その「だいちゃん」が今日、台所の裏口に姿を現しました。見るからにやせ衰えていて、最初は誰だかわからなかったそうです。顔の模様と尾の形で辛うじて「だいちゃん」だとわかる程度でした。餌を与えたら、食べていました。ぼくも食事中の「だいちゃん」を見ましたが、あまりの変わり様に驚きました。昔日の面影はありませんでした。

「だいちゃん」が何歳くらいなのか、よくわかりません。2006年の夏に姿を現したときは、最盛期だったのでしょうか。毎年、夏季には体つきがやせ細っていたのですが、ここまで哀れな姿になるとも思えませんでした。最初はふてぶてしいネコだと思っていたのですが、こうなると言葉で表現できない不思議な気分になりました。

2009年6月 1日 (月)

ネコの牙

今朝がた、またネコの夢を見ました。一昨年にネオタが他界し、去年、チビタが新たな家族となったものの、生後1年で短い生涯を閉じ(原因は不明でしたが)、今年になってまた新しく子ネコを拾った、というものでした。その子ネコはチビタに似ていたものの、上顎の牙がいずれも折れてはいませんでした。ネオタは上顎の右の牙が折れており、チビタは左の牙が折れていた、という設定になっていたのです。目が覚めて、チビタは生きており、新しい子ネコは架空の存在であったことに気づきました。チビタが無事であって良かったものの、夢の中で新しい子ネコに会ってしまったため、複雑な気分でした。

実は、チビタの牙は折れていません。ネオタの上顎の右の牙が折れていたのは事実です。それでは、上顎の左の牙が折れていたのは、去年の1月に他界した野良ネコの「くろちゃん」でした。「くろちゃん」が我が家の人間、特に母になついていたせいか、飼いネコであるかのような潜在意識を抱いており、このような夢を見てしまったのだと思います。満20歳まで生きたネオタはともかく、推定9歳だった「くろちゃん」はまだ余命があったと思われるので、気の毒ですが、チビタが無事生きていることがわかって、ホッとしました。

ネオタに関しても、似たような夢を見たことがあります。ぼくが高1か高2のときのことなので、やつが生後1年未満のころだったと思うのですが、捨てネコだったはずのネオタに実は飼い主がいることがわかり、引き渡さなければならなくなって、愕然としていたら、目が覚めて、実は夢だとわかって胸を撫で下ろした、というものでした。こういう夢を見ると、やつの存在が非常に愛おしくなります。本人はこのような感情を夢にも思っていないのでそうが。

牙で思い出したのですが、ネオタは格闘が好きなやつで、ぼくに対してくんずほぐれつの取っ組みあいを挑んできたので、いつも手には生傷が絶えませんでした。片方の牙が折れたのは、ぼくが浪人時代のことでしたが、それでも格闘好きは留まりませんでした。学生時代、北海道で一人暮らしをしているときには生傷も消えてしまうので、寂しく思っていたものです。一方、チビタは活発でいつも走り回っていますが、格闘はしません。ネオタは床下から引きずりだしたりすると怒ったものですが、チビタは家族に対して怒ることはありません。動物診療所でイヌの患者に対して唸ったり、診察室で牙を剥いて威嚇したことはありますが、要するに怖かったからなのでしょう。個性があって面白いものです。

2009年5月22日 (金)

ネコ騒動 その8

一昨日のことですが、仕事のあと、バイト仲間と御茶ノ水で飲んでいました。そのため、家に帰ったときには日付が昨日になっていました。両親は外泊しており、先に帰宅した妹が愛猫チビタと家にいるはずでした。

ところが、ぼくが帰ったとき、妹が浮かぬ顔をしていました。何でも、午後9時に帰宅したとき、戸を開けるとチビタが脱走したそうです。しばらく庭にいたようですが、今はどこにいるのかわからないと言っていました。

そこで、ぼくが0時30分ごろ、庭に出ると、チビタがいました。捕まえようとしたのですが、やつは道路を横切ってしまいました。こんなとき心配なのは、交通事故です。やつは室内飼いなので、車をうまく避けられないかもしれません。果たして車が来ました。ぼくはひやりとしましたが、チビタは涼しい顔をしていました。そして、向い側の家の庭に入ってしまいました。こうなると、手出しはできません。ぼくは家の中に戻りました。

1時間後の午前1時半、再び庭に出ると、またチビタがいました。ぼくは普段やつをあやすのに使っている玩具で誘おうとしました。チビタはつられてぼくの前まで来ましたが、捕まえようとすると床下に逃げ込みました。2度、しくじったあと、3度目にようやく捕まえました。そして妹に無事捕まえたことを伝えました。

そして今日、バイトが休みだったので、午前中はずっと寝ていました。その間、チビタがまた騒動をやってくれました。2階の窓から電柱に飛びついたのです。爪が立てられずに、地面までずり落ちたのですが、怪我などはしませんでした。ぼくが起床したときには、騒動は終了していました。

ぼくも子どものころ、外で遊んでいて、ひやりとしたことがあります。近所の川に魚を捕りに行って流されたり、自転車から落車したりです。そういう経験が人間性を養うのに必要なのでしょう。

2009年5月14日 (木)

男の友情 その2

昨晩は眠れませんでした。お陰で今日は体が疲れているものの、神経が冴えていて、何かやろうとしてもできない状況でした。ただ、今日はバイトが入っていなかったので、寝ていないで疲れていても、特に問題はないはずでした。そこで、1日中、ベッドの上で横になっていました。

そしたら、午後7時半にバイト仲間から突然、電話がありました。お腹をこわしているので、代わってくれというのです。もちろん、OKです。1日くらい、寝ていないからといって、ぶっ倒れる恐れはないでしょう。そこで、夕食を摂るために階下に降りました。10分で食事を終え、7時40分に家を出るつもりでした。

食卓で夕食を食べていたのはぼく1人でした。他の家族はもっと遅い時間に食べるはずです。ところが、食べている最中、愛猫チビタがリヴィングを突っ切り、浴室へと向かいました。しばらくすると、母と妹が浴室で何か言っていました。どうも、チビタは浴室の網戸越しに「ひよ弟」と語りあっていたそうです。ぼくが食事を終えて、浴室を見たときも、「ひよ弟」の姿は見えませんでしたが、チビタは網戸にべったりくっついていました。ともあれ、ぼくは出勤しなければならないので、7時40分に家を出ました。

家族の話によると、チビタは今でも「ひよ弟」らと網戸越しに交歓しているようです。やつは室内飼いしているため、野良ネコたちと普段、接していないので、仮に脱走して庭に出たとしても、KY的な行為をしてしまうため、野良ネコ社会からつまはじきにあってしまい、「ひよ弟」との“男の友情”も終わったかと思っていたのですが、そうでもないようです。それどころか、「ひよひよ一味」はかつての「くろちゃん」のように、我が家の人間に近づき始めているそうです。彼らの社会は流動的で、今後どうなるかよくわかりません。

そういえば、今日は去年、「ひよひよ兄弟」が母親に連れられて我が家の庭に出現してからちょうど1年です。「ひよ兄」のほうは行方不明となり、どこでどうしているのかわかりませんが、「ひよ弟」のほうは随分逞しく成長したものです。

2009年5月 3日 (日)

ネコ騒動 その7

ゴールデンウィークに入りましたが、暇を持て余しています。フランス語学校が休みなので、授業もバイトもありません。また、お金がないので、遊んだりどこかに旅行する余裕もありません。というか、9~10月のRRFのスコットランド大会を申し込んでしまったので、どうやって旅費や宿泊費を工面するか、という問題に直面しています。

今日もやることがなかったので、夜中にHP作成などの雑用をしており、明け方前に眠りました。ここのところ、仕事の時間帯のせいで、明け方から正午まで寝ているという生活パターンです。休日も同様です。

この間、夢を見ていました。あまりはっきりと内容を覚えていないのですが、愛猫チビタの夢でした。チビタは今月で満1歳になるのですが、夢の中ではなぜか、10歳になっており、先代のネオタが20歳まで生きたので、人生ならぬ猫生も半分来てしまったか、と思っていたら、目が覚めてそうでないことがわかりました。

目が覚めたのは正午で、遅い朝食を摂ろうとしていたら、台所の裏口が開いていました。母によると、またチビタが脱走して、「ひよひよ一味」とつるんでいたということでした。毎度のことなので、ぼくもさすがに慌てませんでした。そのうち戻ってくるだろうと踏んでしました。

それで、居間で朝食を食べようとしていたら、母が、チビタが玄関先にいるということなので、玄関の戸を開けたところ、果たしていました。そこで、母と協力して挟みうちにしようとしましたが、巧みに翻弄されて、結局は中庭のほうへ逃げてしまいました。

その後、母はチビタを捕まえました。庭の隅でへたり込んでいたので、簡単だったということでした。

母の話によると、チビタは午前6時ごろ、父の不注意で脱走したそうです。母はそのことで父を責めていたそうですが、父は都合があって外出しました。そういうわけで、チビタの逃避行はまる6時間にも及びました。その間、ぼくはずっと寝ていたわけです。

チビタは塀の上にいたので、母が捕まえようとしていたら、反対側の塀の上に「ひよ弟」がいたそうです。「ひよ弟」はわざわざチビタを誘ったため、そのときは捕まえ損ねたということでした。

「ひよひよ一味」はいまでも窓越しにチビタと見つめあったりしているので、彼らの絆はいまでも続いているようです。ネコ社会の仕組みも複雑なようです。

2009年3月25日 (水)

チビタのお友達

一昨年に先代の飼いネコ・ネオタが他界して早1年5か月になります。ときどきですが、夢に出てくることがあります。幸いなことに、夢をみたあと、目が覚めてから、ネオタが既にいないという現実を突きつけられて、落ち込むということはありませんでした。ペットロス症候群とは無縁なようです。小・中学生時代にはそのような夢を見て、落ち込んだこともしばしばでしたが。

その代わり、今の飼いネコ・チビタの夢を見てしまいました。それがかなり悲惨な夢でした。

今日は久々にゆっくり睡眠を摂りました。そして、夢の中でチビタが病気になり、動物診療所へ連れて行ったのですが、診察の結果、症状がおもわしくなく、治療しても無駄だから、諦めるように言われたのです。落ち込んだのですが、目が覚めたとき、それが夢だと気づいてホッとしました。こういうパターンの夢はよく見ます。

目が覚めたのは午前11時ごろでした。バイトの時間帯の関係で、昼夜ひっくり返った生活をしているのですが、先月からの慢性不眠症のせいか、“春眠暁を覚えず”、つまり、眠くて起きられない、ということはありませんでした。午後1時から、イラスト教室があったので、12時半には家を出ました。1月から手掛けている指定教材のハヤブサ画(原画はグールド)が仕上がりました。次回からは題材を選べるということになりました。取りあえず、Finch-DaviesのThe Birds of Prey of Southern Africaから探してみようかと思っています。

ところで、チビタと庭に出入りしている「ひよひよ一味」との友情は終わったと思っていました。というよりも、チビタの相次ぐ脱走事件で懲りたので、我が家では家を出入りするときに、細心の注意を払うようになったからです。そういうわけで、チビタが「ひよひよ一味」と接する機会もなくなりました。

ただ、チビタは浴室の窓辺に張りついて、庭を眺めていることが多くなりました。庭に野良ネコたちがいるときなど、特にその傾向が強いようです。

母から聞いたのですが、今日はチビタが浴室の網戸越しに「ひよひよ一味」の茶虎のネコと見つめあっていたそうです。「ひよひよ一味」の野良ネコたちは、母が庭仕事をしていると、どこからともなく現れて見物していることが多くなりました。チビタが彼らを「お友達」と認識しているかどうかはわかりません。物の本によると、単なるなわばり意識だということなのですが、どこまで本当なのか疑問です。

2009年3月18日 (水)

チビタ4400g

本日、またチビタを動物診療所へ連れていきました。頬に傷ができ、かさぶたで覆われているものの、なかなか治らず、顎の辺りも黒く汚れています。加えて、眼やにも出ているし、8月からずっとですが、喉の皮膚にいまだに毛が生えていないもの気になります。これら4点を診てもらうことにしました。

毎回そうですが、チビタを連れ出すときは格闘です。母と二人がかりでチビタをバッグに入れるのですが、そのままだとなかなか入らないので、毛布に包んでいます。それもまた一苦労なので、母は毛布を縫い合わせて袋を作り、その中に包んでからバッグに入れるという方法を編み出しました。今回はスムーズにいきました。

午前10時に動物診療所へつきました。先客として、イヌを連れたお客さんが数人来ていました。ミニチュアダックスフントを2頭連れた女性がいたし、ヨークシャーテリアの老犬らしいのを膝に乗せている年輩の女性もいました。ペット用に矮小化されたイヌは弱々しそうでした。待合室で、バッグを開けましたが、チビタは毛布の中に潜り込んでいて、出てきませんでした。

チビタの番になっても、バッグから出そうとしたとき、チビタは毛布の中に頭を突っ込んでいました。やっとバッグから出して、体重を計測しました。4400gでした。

診察してもらうと、頬の傷は脱走したときに他のネコからひっかかれたもののようでした。カビに寄生されている可能性もあるので、頬の毛を鋏で切られて治療してもらっていました。顎の汚れは、アクネ菌によるもので、にきびみたいなものだということでした。喉の皮膚は、細菌に侵されている恐れはなく、眼やにも問題なしでした。

頬の傷と顎の汚れについての薬を処方してもらいました。診察室ではチビタはおとなしくバッグに入りました。

家に戻ると、チビタは緊張していたせいか、かなり長時間、寝ていました。ヒョウなど、ネコ科の肉食獣は狩りの際に緊張するので、その分、睡眠を摂るようです。

2009年3月14日 (土)

ネオタとチビタ

相変わらず不眠症に悩まされていますが、医師の処方してくれた睡眠導入剤のおかげで、ぐっすりではないものの、何とか眠れるようになっています。少なくとも、疲労が重なって体が動かなくなる、ということはなくなりました。

どうも、夕方に出勤して、深夜に帰宅するという生活パターンがまずいようです。夜間、労働するため、神経が冴えてしまい、家に帰ってもしばらく興奮状態が続いているわけです。さらに、まる12年間の闘病生活で薬漬けだったのが、急に薬の量が減ったため、バランスを崩したようです。去年の夏ごろからそういうことがありました。普段、体験しないことをすると、興奮して何日も眠れなくなります。7月にはまる4日間眠れず、ぶっ倒れたことがありました。モンタナ州へ行ったときも、1日の平均睡眠時間が1時間足らずで、帰国の前日に、ようやくまとまって眠れたくらいです。帰国途中でぶっ倒れたら洒落にはなりませんからね。

昨日もバイトに出かけ、深夜に帰宅したので、やはり眠れませんでした。しかしながら、今日もバイトがあるので、寝ておかないとまずいので、朝方、少しばかり睡眠を摂りました。いつもの通り、寝たのだか寝ていないのだかはっきりしない状態でしたが、夢らしいものを見たので、一応は眠れたのでしょう。その夢の内容について書いておきます。

夢の中で、いつも猛禽関係でお世話になっている、猛禽の部屋の管理人の風さんにお会いしました。残念ながら、どういう状況だったのか、具体的には覚えていないのですが、風さんとはメールや掲示板やブログでは遣り取りしたり、イヌワシの写真集を贈っていただいたこともありますが、直接お会いしたことはないので、不思議です。なお、以前、このブログの常連さんであるホワイトファングさんにお会いした夢も見ました。ホワイトファングさんともネット上の遣り取りだけで、直接お会いしたことはありません。もっとも住所を知っているので、手紙を出したことはありますし、お菓子を贈っていただいたこともあります。夢の中でお会いしたホワイトファングさんは、中学時代の同級生に似ていました。おそらく、印象がダブったのでしょう。

そしてさらに、一昨年に他界した先代の飼いネコであるネオタの夢も見ました。ネオタの夢はときどき見ますが、今回のは今の飼いネコであるチビタと対面させたというものです。この状況も詳しく覚えていないのですが、外出中に道端にて、この世にいないはずのネオタを見つけ、家に連れ帰りました。家にはチビタがいて、叔父と甥の対面(?)がめでたく叶ったわけです。実際には、ネオタが他界したのは2007年10月で、チビタが生まれたのは2008年5月ごろと推測されるので、両者が同時に存在し得るはずはないのですが。チビタも生後10か月になり、4kgを超えましたが、やはり7kgあったネオタのほうがずっと大きかったです。

そういうわけで、ときどき変な夢を見ますが(そもそも夢とは現実離れしたものですが)、目が覚めたときには普段のぼくに戻っているので、支障はありません。今日もバイトに出かけました。

[追記]今日は去年の1月に他界した野良ネコの「くろちゃん」の夢を見ました。前の晩、一睡もできず、今日は夕方からバイトなので、午後2~4時の間、睡眠を摂りました。夢の中で、家の裏口に2頭のネコが来ていました。1頭は「だいちゃん」で、もう1頭はそれよりも小さなネコでした。そのネコが、ぼくに向かって人間の言葉で話しかけ、礼を言うのです。目が覚めたとき、それは「くろちゃん」だったことに気づきました。「くろちゃん」の夢を見たのは初めてでした。(4月21日)

2009年3月 8日 (日)

男の友情

相変わらず、眠れない夜が続いています。昨夜から今朝にかけても一睡もできず、ずっと起きていました。午前8時ごろ、普段は朝食の時間ですが、食欲がなかったので、友人に宛てて手紙を2通書いていました。そして9時、書き終えたときになって、母からまたチビタが庭に脱走したと言われました。父はそのとき家にいたのですが、捕まえる手段がなく、今日は下の妹の家に出かける予定があったので、チビタのことを気にしつつ、出かけたそうです。母はぼくに声をかけようと思ったのですが、ぼくが何かやっていたので、声をかけなかったということでした。

台所の裏口の戸は開けっ放しでした。母の話によると、チビタはそこから庭に出たようです。何しろ、すばしこくて捕まえられないので、自分で戻ってくるだろうと思って、開けたままにしていたわけです。

母の話によると、チビタは庭に出入りしている、「ひよ弟」とその仲間の茶虎の野良ネコ数頭、つまり「ひよひよ一味」と遊びたかったようです。ところが、彼らはチビタに対して好意的ではなかったようで、敬遠していたとのことでした。チビタは剛肝なところがあり、かまわずに近づいたのですが、「ひよひよ一味」は冷たい視線を浴びせていたそうです。さらにチビタが慕っていた「ひよ弟」までが、チビタを追い払うような仕草をしていました。「ひよ弟」も生後1年になり、野良ネコ生活が板についてきたので、ネコ社会から離れていたチビタの行動は、いわゆるKY(空気読めない)なのでしょう。何でも、茶虎の1頭に近づいて、鼻をくっつけようとして威嚇されていたそうです。先代のネオタも、横浜ではアパート暮らしだったため、11歳まで他のネコとの接触は皆無でした。東京に引っ越してから、庭の野良ネコや放し飼いのネコと接触するようになったのですが、やはりKY的な行動に出て、攻撃されたり敬遠されたりしていました。ネコ社会のルールを身につけなかったからです。

チビタは塀を乗り越えて、隣の家の庭に入ったそうです。その家でも野良ネコたちを可愛がっているので、問題はありませんでしたが、「普段見ない、白黒の子が来ている」と言われたそうです。チビタはときどき我が家の庭に戻って来ていましたが、家に入る気はなく、また出て行ったとのことでした。

ぼくが庭に出たとき、温水タンクの上に茶虎が1頭いました。庭の隅にもう1頭おり、塀の上に「ひよ弟」がいましたが、彼らはすぐに隣の家に移動してしまいました。チビタはどこにいったものやらわかりませんでした。

しばらく待つと、チビタが姿を現しました。ただ、すばしこくて捕まえられないので、ぼくのそばに来るまで待つことにしました。チビタは庭をうろつきまわり、庭の隅の木戸に手をかけていたりしましたが、その行動はもはや、野良ネコたちと違ってのんびりしたものでした。しばらくすると、縁の下に入りました。そこで、いったん家に戻って、普段チビタの玩具にしている紐のついた袋を持ち出し、縁の下の前でぶらさげると、チビタが出てきてじゃれついたので、難なく捕まえました。

チビタは鼻に擦り傷ができていましたが、いつもの天真爛漫さは変わりませんでした。昼ごろ、父が妹宅から電話をかけてきたので、無事に捕まえたことを母が報告しました。

チビタの擦り傷は、他のネコから引っかかれたものかもしれません。母は何しろ過保護な性分なので、心配していたようです。ともあれ、チビタと「ひよ弟」の8か月間にわたった“男の友情”は、ここでピリオドを打ったわけです。

チビタは人間に例えると、いがぐり頭で、下駄をつっかけ、竹の棒を振り回してチャンバラをやっていたような、昔風の腕白坊主なのかもしれません。本当は、「ひよひよ一味」とも思いきり遊びたい年ごろなのでしょう。擦り傷くらいこしらえて帰ってきても、心配する必要はないと思います。交通事故の危険がなかったら、そういう飼い方をするのが健全なのはわかっています。家の中に閉じ込め、現代のひ弱なファミコン少年として育てるのが果たして正解なのか、父親(?)として頭が痛いところです。

それにしても、「ひよ弟」いや「ひよひよ兄ちゃん」には感嘆しました。去年の5月、母親に連れられて我が家の庭に住み着いたときは毛糸の塊りのようで頼りなかったのですが、チビタに示した面倒見の良さというか、兄貴っぷりには頭が下がります。ぼくが子どものころはまだガキ大将という人種がいました。彼らは現代の子ども社会からは絶滅してしまったようですが、ネコの世界にはしっかり生き残っていたといったら擬人化しすぎでしょうか。

2009年2月19日 (木)

チビタ、熱を出す

相変わらず、眠れない日々が続いています。今日の日付になった時間帯も眠れなかったので、HPの原稿をPCに入力する作業をしていました。明け方になって疲れを覚えたので、ベッドに潜りましたが、結局眠れませんでした。

朝、階下に下りて行くと、チビタの具合が悪いということでした。そこで9:00にチビタを動物診療所へ連れてゆくことにしました。チビタは食欲はあるらしく、ドライフードと缶詰を食べていました。鞄に入れるときにはさすがに抵抗しました。風邪をひいているとはいえ、力が強いし、用意した鞄には穴が開いていたので(以前、ネオタを運ぶときにも使っていたので、空気が通るように開けていた)、そこから抜け出すありさまです。仕方ないので、妹がクリーニング屋に行くときに衣類を入れている鞄に入れました。チビタは鞄の中で暴れていましたが、家から出ると間もなく落ち着きました。

動物診療所に着くと、ネコの患者が先客でした。待合室でチビタを鞄から出し、膝の上に乗せていると、ガタガタ震えながら膝に齧りついていました。しばらくすると、母が待合室に入ってきました。チビタのことが気になったようです。

前の患者の診察が終わり、チビタの番になりました。体重を計測すると、3950gありました。体温は40度以上あり、熱を出していました。庭に出入りしている野良ネコたちも風邪をひいていたので、やはりうつされたようです。

獣医師には母が詳しく説明してくれました。ぼくよりも細かに観察していたようです。母はチビタの普段での行動から、庭に「お兄ちゃんネコ」が出入りしていて、親しくしているという話までしていました。獣医師も話好きなので、会話がはずんでいました。チビタには解熱剤を注射しました。48時間、効果があるということで、その後は飲み薬を飲ませ、飲まなかったら再び診療所へ連れて行くことになりました。

チビタは診察終了後、おとなしく鞄に入りました。帰宅途中もおとなしくしていました。家に着くと、缶詰とドライフードをがつがつ食べました。

ぼく自身は、夕方からバイトがあるのですが、寝ていないので、体に疲労を覚えました。そこで、昼食後、コンビニで缶ビールとつまみ(カワハギの干物)を買い、胃袋に流し込み、ベッドに入りました。充分に眠った感触はなかったものの、夢らしきものを見たし、疲れも取れたので、バイトに行きました。

深夜、帰宅すると、チビタは疲れていたらしく、寝ている時間が多かったのですが、食欲はあるようでした。母が世話を焼くので、甘え癖も強くなったとのことでした。

2009年2月18日 (水)

チビタ、風邪をひく

昨日、午後11時に帰宅したのですが、両親はすでに就寝しており、妹が戸を開けてくれました。そして、チビタが風邪をひいて元気がないので、母が寝かしつけた、というのです。ちょっと信じられませんでしたが(ネオタは一度も風邪をひかなかったので)、庭に出入りしている野良ネコたちの間でも風邪が流行っているようなので、うつったのかもしれません。

とりあえず、夕食を一人で食べて、入浴して寝ようと思いました。ここのところ、ぼくは不眠症で、一昨日から一睡もしていません。体が疲れているのに、眠くならないのです。でも、さすがに寝ないとぶっ倒れること必定ですので、まずは風呂に入ろうと思いました。ところがこの日に限って誰も風呂を沸かしていなかったので、自分で沸かして入りました。そのとき、父がトイレに起きてきて、明日、チビタを動物診療所へ連れて行ってくれ、と言いました。ともかく、眠らなくては自分自身も危ないので、風呂からあがったら睡眠剤を飲んで、強引に寝ました。

そして今日、9時にいったん起床しました。階下に下りて行くと、チビタがいたのですが、少し元気がないようでしたが、特に弱っているようでもありませんでした。ぼくもまだ疲れていたので、再び寝ることにして、正午過ぎまで寝ていました。

再び起床して、遅い朝食を摂りました。動物診療所は午後は3時から開くので、そのときチビタを連れていくことにしました。ところがチビタはときどきくしゃみをするものの、普段と変わりなく、家の中を元気に駆け回っていました。特に問題はないと思ったので、結局、診療所へ連れて行くのは見合わせました。チビタは診療所を嫌がるので、無理に連れて行くこともありません。チビタはそれでも疲れているのか、寝ている時間が多いようでした。また、母に甘えたりしていました。

今日はバイトが休みなので、夕方はジムに行きました。終わって家に戻ると、チビタはくしゃみをすることがあるものの、元気にしていました。人間も風邪をひくわけですから、特に神経質になることもないのでしょう。

庭の野良ネコたちは、茶虎のが3頭、顔を赤く腫らしていました。「ひよ弟」だけがいつもと同じでした。彼らはそれなりに乗り切るでしょうが、少し心配です。

2009年2月 2日 (月)

ネコ騒動 その6

ここのところ、昼夜がひっくり返った生活をしています。というのも、夕方に出勤し、深夜に帰宅するという生活リズムだからです。帰宅すると、一晩中起きて様々な雑用をしています。手紙を書いたり、読書したり、HPの文章を書いたり、という具合です。というのも、家族が寝静まったこの時間帯が一日中で一番落ち着いて作業に専念できるからです。そして明け方に眠りにつき、正午に起床する…というわけです。

今日も正午まで寝ている予定でした。ところが、11時ごろ、父の叫び声で目が覚めました。例によってまたチビタを脱走させたのです。父は近所に聞こえるような大声を出していました。そしてぼくの部屋にやってきて、捕まえるのを手伝えと言うのです。眠かったので、生返事をしていたら、怒って行ってしまいました。年齢のせいか、怒りっぽくて困ります。しかし、ぼくもチビタが気になったので、起床して服を着替え、庭に出ていきました。チビタは通りに面した庭にいたので、父のいる方に追い込んだのですが、父はうまく捕まえられずに取り逃がしました。チビタは中庭の方に逃げ、床下に逃げ込み、そこで籠城戦の構えに出ました。

しばらく待ってもチビタは出てきませんでした。やがて出てきたのですが、いったん家と塀の間に逃げ、それから通りに面した庭の方に逃げ、再び中庭に戻りました。この過程でも、チビタを父の方に追い込んだのですが、またもや逃げられました。チビタは再度、床下に籠城しました。まもなく、「ひよ弟」がどこからともなく現れ、チビタの立て籠もっている床下に入りました。「ひよ弟」はいつも庭のどこかにいるらしく、チビタが脱走すると必ず合流してつるんでいるようです。そういうわけで、当分は出てきそうもありませんでした。

仕方がないので、ぼくは家に入ると、チビタの玩具になっている菓子の入っていたビニール袋を持ち出しました。これに紐をつけ、チビタをあやしているわけです。この袋を紐で吊るして、チビタを誘い出そうと試みました。正直言って、あまり期待してはいませんでした。しかしながら、床下のチビタを少しずつ誘い出すことに成功し、出てきたところを捕まえました。「ひよ弟」はまだ床下にいたようですが、その後どうしたのかわかりませんでした。

[追記]今日は午前中にフランス語学校で授業があったので、9時に家を出ようとしましたが、そのときにチビタがまた飛び出し、床下に籠城しました。母に手伝ってもらって捕まえ、学校に出かけました。午後は図書室に籠もってフランス語の書籍を読んでいました。仕事が終わって帰宅すると、ぼくの留守中に母と妹がチビタが家の中にいるのを確認の上、外出したのですが、帰宅するとチビタが「ひよひよ一味」とともに庭のカキの木にいたそうです。浴室の窓を開けて脱走したようです。捕まえられないので放っておいたら、チビタはそのうち家に戻りたそうにしていたのですが、止まっていた車の下に逃げ込んだので、母が引きずり出して家に連れ戻したそうです。庭にいる「ひよ弟」らの“友達”と遊びたい気持ちもわかるのですが、車が怖いので、躊躇われます。そもそもチビタが我が家の一員となったきっかけは、路上で寝そべるという自殺行為をやるので、放っておけなかったわけですから。(2月3日)

2009年1月11日 (日)

ネコ騒動 その5

昨日は1日中、眠かったので、今日は休日ということで、午後4時まで寝ていました。そして起床し、遅い朝食を摂り、何もやることがなかったのでPCをいじくっていたら、またチビタが脱走する事件がありました。やつを脱走させるのは、いつも決まって父です。年齢のせいか注意力が緩慢だし、動作も鈍いから、すばしっこいチビタにとって脱走するなどお茶の子さいさいです。

今日、父は洗濯物を取り込もうとして、裏口から出入りしていました。その間、ぼくがチビタを別室に入れておきました。ところが父は玄関から入ろうとして、チビタに隙を突かれたのです。「またか」と思いつつ、ぼくは正面に庭に出てチビタを捕まえようとしました。どうせ父には捕まえられないからです。ところがチビタは床下に潜り込み、中庭の方へ出てしまいました。ぼくが追いかけると、いつも中庭に出入りしている野良ネコの1頭とチビタが向き合っていました。最近では野良ネコの個体数を把握していません。どうも「ひよ弟」とその母親、そして「ともちゃん」を中心とする茶虎と白の混じったネコたちが少なくとも5~6頭はいるようです。そのうちの1頭にチビタは近づいていました。そのネコはチビタに対して威嚇していましたが、チビタはお構いなしで、床下までついていきました。やっと床下から出てきたかと思うと、今度は家の外壁と塀の狭い隙間に入ってしまいました。ここはネオタにもよく入られましたが、人間が入るには狭すぎるので、苦労します。

母も帰宅したので、協力してはさみうちしようとしたのですが、うまくいきませんでした。しばらく様子を見ることにしました。腹が減ったら自分から戻ってくるだろうと思っていたのです。しかし、チビタはすぐに戻ってきませんでした。それどころか、チビタの大好きな「ひよ弟」、いや「ひよひよ兄ちゃん」が現れたので、あとについて行ったようです。とうとう塀を乗り越え、隣家に庭に行ってしまいました。

このときはもう、戻ってこないと思いました。チビタは最初の1週間、庭に住みついていたころ、「ひよ弟」に面倒を見てもらっていました。ネコ同士の絆は想像以上に強いようです。やはりネコ社会の一員として生きていくのがチビタの幸せだと思うしかありませんでした。チビタには親はいませんでしたが、面倒見のいい「ひよひよ兄ちゃん」に任せておけば、野良ネコとして生きていけるだろうと思いました。

そこで、ぼくは家の中に戻り、熱帯魚の水槽を見たところ、アノストムスが死んでいるのを見つけました。仕方がないので、死骸を水槽から取り出し、庭の隅の「動物の墓」に埋葬しました。そして塀の上を見たところ、チビタがいました。また逃げられたら面倒なので、しばらく様子を見ました。チビタは屋根の上に跳び乗ろうとしましたが、諦め、再び塀の上を歩いていました。そこでようやくチビタを捕まえ、家の中に連れ戻しました。チビタはしばらく鳴いていたり、庭にいる「ひよ弟」と鳴き交わしていたりしましたが、空腹だったのか、ネコ缶を与えたらガツガツ平らげました。その直後に妹が帰宅しましたが、戻っていてホッとしました。

2009年1月10日 (土)

深大寺動物霊園

ネイ元帥の誕生日です。ぼくの妹の誕生日でもありますが。

今日は母と妹とで深大寺に行くことにしました。ここの動物霊園に、去年死んだ野良ネコの「くろちゃん」が納骨されているので、お墓参りです。「くろちゃん」は4年半にわたって我が家に居ついて餌をもらっており、とてもなついていたので、死んだときには火葬にしてここに納骨してもらいました。

調布駅からバスで深大寺に向かいました。思っていたよりも賑やかな場所でした。まず、家族3人でそばを食べました。それから広い境内の中を、道に迷いつつ、人に尋ねたりしながら、動物霊園まで辿り着きました。

「くろちゃん」は合同納骨されていました。台帳を見たら、去年の1月23日に記載されていました。線香をあげました。納骨堂にはたくさんのペットが納骨されており、子どものものと思われる、「たくさんの思い出をありがとう」などという言葉が添えられており、胸が熱くなりました。

そのあと、草餅を食べました。1個200円で、軽く火を通していたので暖かく、結構おいしかったです。他にもいろいろな店がありましたが、あまりお金を持ち合わせていなかったので、ほとんど立ち寄りませんでした。来年にも墓参りにいくつもりですが、もう少し持ち合わせていこうと思います。

帰りは吉祥寺駅行きのバスに乗り、JRで戻りました。前の晩はほとんど寝ていなかったので、バスや電車の中でうとうとしていました。

この日はチビタを一人で留守番させていたので、帰宅したら喜んでいました。やつは、「暴れん坊」で「甘えん坊」で「慌てん坊」の三冠王なのです。

2008年12月28日 (日)

チビタと「だいちゃん」

我が家の庭に出入りしている野良ネコたちは、「ひよひよ一味」および今や一匹狼と化した「だいちゃん」です。「ひよひよ一味」には正確に何頭のネコがいるのかよくわかっていませんし、「ひよ弟」以外は茶虎と白の混じったものばかりなので、誰が誰なのか見分けがつきません。最近はチビタに首ったけで、野良ネコたちはなおざりになっているので、あまり注意深く観察しているわけではないのですが。

最近、見慣れないネコが現れました。三毛ネコです。結構大柄なネコで、よく鳴くのです。今日の午前中にもそのネコが現れました。新顔だというのに、以前から常連だったように餌をねだっていました。「だいちゃん」も現れました。そこで、両者が鉢合わせしないように、二つの皿に餌を入れ、三毛ネコには台所の裏口に、「だいちゃん」には通りに面した敷地に皿を置きました。

そこで、いったん家の中に戻ろうと思い、台所の裏口の戸を開けました。そしたら、チビタが飛び出してきました。慌てて捕まえようとしたら、ちょうどその場で「だいちゃん」と鉢合わせになってしまいました。チビタもびっくりしたようで、後ろに跳び退りましたが、「だいちゃん」もびっくりしたようでした。チビタと一緒にいると、「だいちゃん」がすごく大きく、“おっさん”という感じでした。ようやくチビタを捕まえて、家の中に入りました。あとでチビタに、「おっさんがいたね。怖かったね」と言いきかせてやりました。

その後、庭の様子を見たら、三毛ネコが餌を食べており、そばで「だいちゃん」が食べ終わるのを待っていました。「だいちゃん」は他のネコに対して攻撃的になることもありますが、遠慮していることもあります。三毛ネコはずうずうしさで勝負したという感じでした。

2008年12月19日 (金)

「しろちゃん」の死

今朝のことですが、うちの母が家の前の道を掃いていたとき、近所の主婦から聞いたのですが、我が家に出入りしていた野良ネコの「しろちゃん」が別の家の庭で死んでいたということでした。「しろちゃん」は我が家と近所で餌を与えており、その家では「みーちゃん」と呼んでいたそうです。死んでいた庭の家では別に世話していなかったらしいです。

「しろちゃん」は今年の3月ごろ、我が家に出入りするようになりました。当時はまだ幼く、「はんちゃん」といつもつるんでいました。「はんちゃん」はまもなく来なくなりましたが、「しろちゃん」は引き続き通っており、体も大きくなり、「だいちゃん」に似て貫禄が出てきました。「ひよひよ一家」やそれらとつるんでいるグループとは別の一匹狼的な存在で、彼らとはいがみあっていました。体が大きいので、「ひよひよ一味」からは一目置かれていたようです。

「しろちゃん」はいつも表通りに面した庭に姿を現し、母から餌をもらっていました。「ひよひよ一味」は他の家でも餌にありついているのか、あまり困っていなかったようなので、我が家では主に「しろちゃん」に餌を与えていました。ときどき「だいちゃん」と諍いを起こしていたようです。「しろちゃん」も体が大きくなりましたが、「だいちゃん」と比べるとまだ青二才だったようです。

「しろちゃん」は母になついており、餌を与えると落ち着いて食べていました。かつての「くろちゃん」ほどではありませんでしたが、母のそばにいるのが好きだったようで、庭の手入れをしていると、近くで座って眺めていました。我が家の飼いネコとなったチビタと窓越しに見つめあっていたり、表玄関の前にいたりもしました。このままの状態が続いたら、「くろちゃん」のように親しくなったかもしれないので残念です。まだ若いネコですし。

野良ネコ社会は流動的です。いなくなったネコでも、どこか別の場所で元気にしているのであればいいのですが、死んだということがはっきりわかってしまうと後味の悪さを感じます。

2008年12月14日 (日)

ネコ騒動 その4

今日は朝から雨が降っていましたが、チビタが庭に脱出するという事件がありました。

我が家ではネコは室内飼いです。本当は自由に外に出られればいいのかもしれませんが、他のネコと喧嘩したり、病気をうつされたりしても困りますし、交通事故も怖いです。さらに、最近ではネコを捕まえて虐待している人がいると聞いています。外に出入りできるような環境ではないのです。そういうわけで、家の中で飼っています。去勢したのもそのためです。

チビタを去勢して3日になりますが、相変わらず家の中をエネルギッシュに跳びはねています。それどころか、庭の様子が気になるようで、野良ネコが歩いていたりすると、甲高い声で鳴きながら、窓から外を見ています。今朝もそうしていました。

午前11時ごろ、いつも騒がしいチビタの声がしませんでした。そういうときは寝ているので、最初は気にしませんでした。しかし、いつまで経っても静かなので、チビタが寝ているであろう2階の部屋を見ましたが、いませんでした。家中探しても、どこにもいませんでした。心配になりました。ネオタのときもそうでしたが。

ひょっと中庭をみたら、チビタが雨の中、佇んでいました。ぼくは裏口からサンダルをつっかけて庭に出ましたが、チビタはすばしこくて、捕まりませんでした。そのとき、「ひよ弟」がいたのですが、ぼくを見て逃げていきました。サンダルでは捕まえられないので、いったん家に戻って、靴に履き替えました。しかしながら、両親が代わりに庭に出て、はさみうちで捕まえました。

チビタはびしょ濡れでした。どうも、「ひよ弟」と再会していたようです。母親に体をタオルで拭いてもらいながら叱られていましたが、いつもの通り、ケロっとしていました。ぼくは、「ひよひよ兄ちゃんに会えてよかったね」とだけ言いました。

その直後、チビタはまた甲高い声で鳴き叫びながら、家の中を走り回っていました。中庭に面した渡り廊下から外を見ていたのですが、黒ネコの「こくちゃん」がいました。「ひよ弟」も縁の下から出てきました。2頭は親しいようです。チビタはそれを見て、また鳴いていました。

あとで父から聞いたのですが、チビタはガラス戸越しに、「ひよ弟」と鳴き交わしていたようです。やはり他のネコとの交流を持ちたいのでしょうが、かわいそうだと思いました。人間にもなついて、甘えたりもしているので、家の中の暮らしは決して苦痛ではなければいいと思っています。

2008年12月11日 (木)

チビタ去勢

今日は愛猫チビタの去勢手術でした。21年前のネオタのときもそうでしたが、正直言って心が痛みます。でも、家庭内で飼うためにはやむを得ません。掛かりつけの動物診療所には明日ということで予約しておきましたが、緊急の場合にはより早く行なうことも可能ということでした。当日は朝から絶食させるようにと言われていました。

ところが、昨日からチビタは外の様子のことが気になるのか、大声で鳴きながら家の中を所狭しと駆け回り、窓から外を眺めていたりしました。ひょっとして獣医師の言ったように、緊急の事態になったかもしれません。一度、マーキングする癖がつくと手遅れだとも聞いていたし、明日まで気が重い状態もどうかと思ったので、午前9時きっかりに動物診療所へ電話を入れると、すぐに連れてきて大丈夫だということでした。

そこで、チビタを捕まえて、普段、診療所へ連れて行くときに使っているバッグの中に押し込みました。チビタは体重3kgを超え、必死で抵抗したので、母と二人掛かりでようやく抑えました。連れていく途中、しばらくバッグの中で暴れていましたが、途中でおとなしくなりました。

動物診療所には先客はおらず、すぐにチビタを獣医師に手渡しました。獣医師は、手術は午前中に終わらせるので、午後3時には引き渡せると言っていました。そこで一端、帰宅しました。両親や妹が心を痛めていることを思い出し、自分自身のドライさに腹が立ったりもしました。

帰宅後、しばらく寝ておこうと思い、睡眠剤を飲みました。ここのところ不眠症で、眠れない日々が続いていたからです。それでも眠れないので、セヴンイレヴンにて缶ビールとつまみをクオカードで購入し、飲んだらやっと眠れました。

午後3時になっても眠かったので、両親に引き取りに行ってもらいました。午後7時、バイトに行くために起きたのですが、ふらふらだったので、やむを得ず、欠勤させてもらう旨を電話で連絡しました。

そこで初めてチビタと対面したのですが、睾丸だけ取り出してあり、ペニスはそのままでした。ネオタのときもそうだったので、ホッとしました。獣医師の話によると、痛み止めの注射をうったということで、チビタは何事もなかったようにけろっとしていました。

料金は消費税込みで15,750円ということでした。21年前のネオタのときも15,000円(当時は消費税導入前)だったので、変わらないようです。

2008年11月21日 (金)

チビタ3250g

今日は愛猫チビタを1か月半ぶりに動物診療所へ連れてゆきました。のどの皮膚の状態を診てもらうためと、去勢手術の申し込みも兼ねてです。チビタはバッグに入れるときにものすごく暴れて抵抗し、母と二人がかりで押さえて何とか収容しました。外に出てもしばらくはバッグの中で暴れていましたが、途中からおとなしくなりました。

診療所には先客がいなかったので、すぐに診察となりました(その前に、介助犬募金箱に110円投入しました)。まず、体重を計測すると3250gになっていました。我が家の庭に出現したときの3倍近く成長したわけです。のどの皮膚病は順調に快復しており、全快は時間の問題だろうということでした。

そこで、そろそろ去勢を考えているのだが、と言ったのですが、早くも発情して変な声で鳴いたりはしていないかと訊かれました。そのようなことはなかったのですが、一度マーキングの癖がついてからでは遅いそうなので、来月12日に手術を申し込みました。当日は絶食させ、昼に預けて、夕方には終わるということでした。

去勢したら巨大化することはないだろうかと訊いてみました。ネオタも去勢したのですが、その後はすごいスピードで成長し、7kgにもなりました。去勢したせいだと思っていたのですが、本来の素質だったようです。ただ、手術後は太る傾向があるそうです。

他にもチビタは我が家では元気が良すぎます。人間の足をよじ登ったり、障子を破ったりします。これは健康の証でしょう。また、台所の流しや洗面所で排尿したことがあります。叱りつけたところ、悪いことだとわかったようですが、今度は人間をからかっているのか、排尿するふりをして、見つかるとサッと逃げていったりもします。獣医師は、近くにトイレを移したらいいのではないかと言っていました。

診察が終わって、バッグに入れるときにはおとなしくしていました。家に帰れると思っていたようです。

2008年10月23日 (木)

ネオタ一周忌

早いもので、弟のネオタが去年、満20歳で他界してから今日でちょうど1年になります。やつが我が家の家族になったのは1987年8月29日、当時ぼくは高1でした。それからまる20年ですから、人生の半分以上つきあった、まさに弟同然の存在でした。

そして今、7月22日に新たな家族ができました。チビタです。現在生後5か月ほどですが、腕白盛りで、毎日のように家の中で騒動を起こしてくれます。いつも誰かしらに「チイちゃん!」と怒られていますが、ケロッとしたもので、いたずらばかりしています。また結構、甘えん坊でもあります。チビタに関しては、さすがに37歳違いの弟というのはどうかと思ったので、息子ということにしようと思い、ぼくの呼称は「パパ」になるはずだったのですが、いつの間にか「お兄ちゃん」に“格下げ”となりました。

今日はささやかながら、ネオタの一周忌の行事を行なうことにしました。といっても、ビールを飲みながら、チーズをつまむという程度のものです。ネオタの遺骨と遺影は食堂に安置しています。ネオタは宴会が好きだったので、皆で彼の霊を慰めてやろうというものです。少し宗教じみてきます。ぼくは宗教は一切、信仰していませんし、ましてやネコがそのようなものを感じているとも思えないのですが、さりとてまったく否定するつもりもありませんから、たまにはそういう気持ちになるのも悪くはないかもしれません。

チビタはその間、寝ていました。何しろ起きていると次から次へと騒動を起こすので、おとなしくしているとホッとします。まあ、その存在に癒されてもいますが。

ビールを飲んだあと、コーヒーとケーキだったはずですが、アルコールで眠くなってしまい、横になりました。深夜、目が覚めたときにはコーヒーは冷めていました。ここのところ、不眠症でいつも疲れを感じています。

去年、ネオタが死んだとき、シェヘラザードさんから今年用のネコカレンダー(週毎)を送っていただきましたが、今月の写真はネオタにそっくりな子でした。

今日は、Livre Chez Vousで注文していたワーテルロー前哨戦の本が2冊(カトル・ブラとリニーについて)届いたのですが、それについては明日書きます。

2008年10月 2日 (木)

9日ぶりのチビタ

昨日、9日間のアメリカ旅行から帰国しました。その間、愛猫チビタのことが気懸かりでした(他にも熱帯魚のことが気になっていました)。出発時、母がチビタを抱いて見送ってくれたのですが、そのときのチビタの無邪気で健気な顔を見て、もう会えないのかと思ったりもしました。ミズーラで停まったホテルのエレヴェイターがチィーという音をたてたので、チビタの声を思い出したりもしました。

成田に到着したとき、すぐに自宅に電話して無事帰ったことを告げ、チビタのことを訊きました。というのも、チビタは8月上旬から喉の皮膚がただれる病気になっており、獣医師の診察してもらっていました。時間はかかったものの、徐々に快復しつつありました。成田からの電話で訊いたところ、母は電話口で、またひどくなったというので、覚悟して帰宅しました。

チビタは元気でした。一回り大きくなっていました。喉をみたところ、出発時よりも快復したようで、毛も生えていました。しかし痒いらしく、後ろ足の爪で掻いたりするので、傷口が広がったりもしていました。

そこで今日、チビタを動物診療所へ連れていきました。チビタは家では威勢がいいのですが、診療所は怖いらしく、ぼくの膝の上でがたがた震えながら、齧りついていました。イヌを連れたお客さんが隣にいて、チビタを見て「かわいい」と言っていました。子ネコだからか、愛嬌のある顔をしているせいかわかりませんが、これで3度目です。チビタはイヌを見ると、腹の底から唸り声をあげていました。

診察室で体重を計測すると、2200gでした。9月17日には2000gだったので、9日会っていないと大きくなったように見えたわけです。診察の際、チビタは牙をむき出して威嚇していましたが、何しろ子ネコなので、大したことはありませんでした。喉の患部は治りつつあり、あとは時間の問題のようです。獣医師は話好きでもあるので、アメリカでの話もしてきました。

チビタの上顎の犬歯は湾曲しています。サーベルタイガーの牙のような形です。これは乳歯なので、いずれ生え換わるのでしょう。

2008年8月13日 (水)

「ひよひよ兄弟」の母親

チビネコが家族となって3週間経ちます。「チビタ」という名をつけました。普段は「チイちゃん」と呼んでいます。先月の終わりごろ、母が動物診療所に連れてゆき、我が家で飼うことになったいきさつを説明し、健康を診断してもらいました。体重は1200gで生後2か月ほどとのことでした。そういうわけで誕生日はぼくと同じ5月15日ということにしてしまいました。検便したところ、消化器官に回虫がいると言われました。また、喉の皮膚がただれてもいました。そこで飲み薬と塗り薬を処方してもらいました。今月の9日にはぼくが診療所へ連れていきました。回虫は完全に駆除できたものの、喉の皮膚のただれはひどくなっていました。体重は1400gに増加しており、問題はないようでした。

チビタは我が家では元気です。所狭しと“破壊的に”暴れまくっています。TVの上、戸棚、テーブルの上に飛び上がり、いろいろなものを蹴落とし、ぶち壊しています。人間の足を木と勘違いしているのかよじ登るし、椅子の上から人間の胴体に飛びついたりもしています。思えばネオタも幼いころは(というか、かなりの年齢になっても)そうだったのですが、改めて子ネコというものの凄まじさを実感しました。でも、その存在には和まされます。バイトが終わって疲れて帰宅したとき、チビタが出迎えてくれるとホッとします。

さて、庭の野良ネコたちですが、チビタを家に入れてからぱったりといなくなってしまいました。チビタが庭から姿を消したので、あの家ではどうもネコを拉致しているという情報が広まったのかもしれません。唯一、「ひよ弟」だけがときどき姿を現します。しばらく、庭は寂しくなりました。

その庭で2日前、子ネコの声がしました。母の話によると、「ひよひよ兄弟」の母親が新たに出産し、4頭ほど連れ込んだようです。母親ネコは「ひよひよ兄弟」の育児にも我が家の庭を使ったので、もう一度、使おうとしたようです。そして今日、現場を見てしまいました。本当に小さな子ネコたちで、まだ母乳を飲んでいるようです。「ひよ弟」は母親から追い出されたのか、姿を消しました。他の野良ネコたちも相変わらず姿を見せなくなりました。

[追記]母親ネコはしばらく庭で育児していましたが、現在は場所を移したようです。庭に野良ネコたちが戻ってきました。「だいちゃん」はときどきやってきます。「はんちゃん」と「くりちゃん」は来なくなりましたが、「しろちゃん」は頻繁に餌を食べに来ます。一昨日、「ともちゃん」と「ひよ弟」が仲良くつるんでおり、2頭で雁首揃えて家の中を覗き込んでいたので、餌を与えました。今日もこの2頭に加え、見知らぬ茶虎のネコが2頭きていまいたが、そのうち1頭は「ともちゃん」とそっくりな顔をしていたので、兄弟かもしれません。チビタは元気です。喉の治療のため、獣医師に診察してもらっていますが、8月16日に1500g、21日に1650g、28日に1750g、9月4日に1800g、11日に2000gと成長しています。今日は2000gで変わりませんでしたが、獣医師の話によると、生後1年は成長するそうです。(9月17日)

2008年7月22日 (火)

チビネコ、家族に

チビネコが庭に出現して、ちょうど1週間です。7月18日には獣医に診察して薬を処方してもらい、毎日捕まえて飲み薬を飲ませて目薬を注しています。そのせいか、元気を取り戻し、餌も食べています。日中は1頭だけで庭にいるのですが、夜になると「ひよ弟」が一緒です。すっかり一人前の野良ネコに成長した「ひよ弟」は、昼間はなわばりを拡大して、その見回りに勤しんでいるようですが、夜には戻ってきて、温水タンク上でチビネコと並んでくつろぎ、ときどきじゃれあったりしています。見ていて心がなごみます。「ひよ弟」がどこまで面倒を見てくれるのかはわかりませんが、様子を見てみようと思いました。

今朝5時のことです。ぼくは2階の自室にいました。すると、すぐ近くからネコの声がしました。驚いて、2階の窓から外を見ると、屋根の上にチビネコがいました。チビネコはぼくに気づいており、窓から中に侵入しようと思っているのか、窓の縁に飛びつこうとしましたが、ジャンプ力が足りないのか、届きませんでした。諦めたのでしょうか。突然、屋根の上を凄いスピードで走りまわりました。虫でも追いかけていたようです。その動作を見て、チビネコは家に入りたさそうですが、野良ネコとしてやっていけると思い、その日はアルバイトに出かけました。

仕事が終わって帰宅途中、チビネコのことが気になり始めました。チビネコが現れてから、長時間外出したのは今日が初めてでした。留守中、何か事故でも起きたのではないかと心配でした。

帰宅すると、チビネコの餌を買いに行きました。家に戻ると、チビネコは通りに面した門柱の上にいました。風が通るので、涼しいのかもしれません。

しばらくすると、外出していた父がチビネコを抱いて、血相を変えて家の中に入ってきました。チビネコが道路の上で寝そべっていたというのです。自殺行為です。チビネコには保護者がありません。「ひよひよ兄弟」は母親がついていたので安心でしたが、こちらはそうもいきません。そこで、ぼくが庭に出て、チビネコの様子を観察することにしました。

チビネコは庭を歩きまわっていましたが、やがて道路に出ていこうとしたので、庭に連れ戻しました。父も心配顔で様子を見ていました。チビネコは何度連れ戻しても、道路に出ていこうとします。ついに父はチビネコを家の中に連れ込みました。そしてしぶる顔の母を説得して、家で飼うことにしました。こうしてネオタの死後、9か月ぶりに我が家にネコが入りました。新しい家族になったのです。チビネコは物怖じする様子もなく、家の中を跳ねまわっていました。

獣医師の言う通り、チビネコはネオタの生まれ変わりなのかもしれません。霊界のことはよくわかりませんが、あそこまで執拗に家の中に入ってこようとする姿を見ると、そうかもしれないと思ってしまいます。もちろん、外見はまったく似ていません。しかし、生まれ変わりとはクローンではないし、前世がネコだからと言って、次もネコに生まれてくるとは限りません。ぼく自身にしろ、前世も人間だったのか、はたまたクジラだったのかプランクトンだったのか記憶はありません。そもそも非科学的な発想です。でも、あのネオタがまた生まれ変わって我が家に戻ってきたと思うと、何となく楽しくなります。

なお、本日、AbeBooksに注文していたThe Waterloo Despatchがイギリスの古書店から届きましたが、これについては明日、書きます。

2008年7月18日 (金)

9か月ぶりの動物診療所

3日前に突然、我が家の庭にやってきたチビネコのことですが、どうも家の中に入りたいらしく、台所の裏口から侵入しようとします。いくら出しても、諦めません。それどころか、窓に張った網戸を破って穴を開け、そこから入ってきたりもしました。我が家は今、取り込んでいて、新しくネコを飼える状況ではないので、このチビネコも、「ひよひよ兄弟」のように庭に住みつつ、一人前の野良ネコに成長してもらうしかないのですが…。

そのチビネコですが、前日から体調が変です。餌を与えてもそれほど口にせず、下痢もしているようです。死なれては後味が悪いので、獣医に診察してもらうことにしました。そこで、捕まえて手提げ籠に入れ、去年までネオタの件でお世話になっていた動物診療所へ連れていきました。

診療所へ入るのは9か月振りでした。獣医師はチビネコを見て、「生まれ変わりかな?」と言いました。ただ、家で飼っているわけではなく、庭に住みついてるが、基本的に野良ネコだと説明しました。

診察の結果、熱があり、下痢もしており、眼もよくないと言われました。栄養剤を注射し、飲み薬と目薬を処方してもらい、子ネコ用のサンプル飼料もくれました。牛乳は下痢の原因となるため、水を与えるように言われました。

帰宅途中、チビネコは途端に元気になり、手提げ籠から飛び出そうとしました。道路に出て、車に轢かれたらかなわないので、籠からだして、手で抱いて帰りました。

薬を飲ませるのは簡単でした。ネオタは巨漢で、凄い力で暴れるので、押さえつけるのが大変でしたが、こちらはまだチビで、しかも口に飲み薬を入れたら、すぐに飲み下してくれました。目薬も嫌がっているようでしたが、無事に注すことができました。

チビネコは庭に放しました。いつも台所の裏口にいるので、薬を飲ませるときだけ捕まえればいいわけです。あとは「ひよ弟」にでも面倒を見てもらうことにしました。

なお、本日、AbeBooksに注文していたCraanのWaterloo Mapがイギリスの古書店から、Amazon.frからMercer大尉のJournal de la campagne de Waterlooが届きましたが、これらに関しては明日書きます。

2008年7月16日 (水)

擬兄弟

昨日、突然現れたチビネコについてですが、今日も我が家の庭にいました。どこからやってきたのかまったく不明ですが、「ひよひよ一家」と同じく、我が家の庭に住み着くことにしたのかもしれません。しかし、1頭だけです。「ひよひよ兄弟」の場合は母親がいたから余計な心配はしないですみましたが、このチビネコは無事に成長できるのでしょうか。

その「ひよ弟」ですが、チビネコを弟のように可愛がり、世話を焼いているようです。遊び相手になってやったり(自分自身も遊んでいるつもりなのか?)、食事はまずチビネコから先に食べさせてやったりしています。少し前までは自分が母親に甘え放題だったのに、立場が変わってしまっています。見ていて面白いものです。

そのチビネコですが、ドライフードが食べにくそうなので、缶詰を買ってきて与えたところ、ガツガツと食べていました。また、牛乳も飲みました。抱きあげてみると痩せていて、頼りないくらい軽かったのです。栄養が足りないのかもしれません。食べ盛りの年齢ですし、他に誰も世話をする者がいないので、我が家で餌を与えなければなりません。

夜になると、「ひよ弟」とチビネコは温水タンクの上で並んで寝そべっていました。本当に兄弟のようでした。

2008年7月15日 (火)

新顔の子ネコ

「ひよひよ一家」が我が家の庭に住み着いて、2か月が経ちました。もっとも、「ひよ兄」は先月から行方不明です。母親もあまり姿を見せなくなりました。希望的観測ですが、もし「ひよ兄」が別の場所で健在なら、母親は庭に残っている「ひよ弟」と交互に面倒をみているのかもしれません。そういうわけで、庭には「ひよ弟」が1頭で暮らしています。

「ひよ弟」は寂しいようです。独立心旺盛な「ひよ兄」とは違って、母親ベッタリの甘えん坊でした。その母親もあまりかまってくれなくなりました。以前は母親は息子たちに先に食事させ、自分は残りを食べていたのですが、今では餌を与えると、まず母親から食べるようになりました。食事中の母親に「ひよ弟」がちょっかいを出し、頭をパンパン叩かれてお仕置きされているのを見たことがあります。また、「ひよ弟」はときどき庭にやってくる「だいちゃん」や「しろちゃん」や「ともちゃん」を見ると、例のナキウサギ声を発しながら近づくのですが、敬遠されているようです。かといって、野良ネコである母親からきっちり教育されたようで、人間との間には距離を保っています。好奇心はあるらしく、人間の行動を近くから観察していたりしてはいますが。

さて、今日のことですが、新顔の子ネコが庭にやってきました。1頭だけで迷ってきたようです。白と黒の斑で、まだ小さくて不格好な子ネコでした。人間を恐れていないので、捕まえてみたところ、雄でした。そしたら、「ひよ弟」が狂喜していました。盛んにチビネコの周囲を跳びはねて、はしゃいでいました。「ひよ弟」も成長し、成獣のネコと変わらない大きさになりましたが、まだあどけない顔つきをしています。母親や他のネコから相手にされないので、弟ができた気分なのでしょうか。母の話によると、餌を与えたら、まずそのチビネコに食べさせ、自分は残りを食べたそうです。いつの間にか兄貴っぷりを発揮しています。

そのチビネコは、どこかの家で飼われているネコが出産した子なのかもしれません。我が家の庭は通りに面していないので、捨てネコではないようです。おそらく、迷ってきたのだと思います。夕方ごろには姿を消していたので、家に帰ったのだと思っていましたが、深夜にまた来ていました。温水タンクの上で「ひよ弟」と仲良く寝そべっていました。

2008年6月29日 (日)

「ひよ弟」と「だいちゃん」

我が家ですっかりお馴染みになった「ひよひよ兄弟」(兄貴は行方不明ですが)について、一口で言うと、変なネコです。2頭とも真っ白で、顔はそっくりです。「ひよ兄」は尾が長く、「ひよ弟」は尾が短い点が異なるのです。顔つきはというとネコらしくありません。鼻面が尖っていて、イヌ科を思わせます。チワワのような感じですが、耳が大きいため、フェネックギツネのようでもあります。目と口の鼻は1か所にクチャクチャと固まっているようで、変な顔です。最初は2頭いたので、ネオタと「くろちゃん」の生まれ変わりかなと思ったのですが、顔つきを見る限りではまったくその面影は感じられません。まあ、愛嬌があるから楽しませてもらっていますが。

1頭だけ取り残された「ひよ弟」ですが、母親にも滅多に会えず、心細いのか、よく鳴きます。母親に対してのこともありますが、人間に向かって鳴くこともあります。その声は変わっています。ナキウサギのような声なのです。とてもネコとは思えません。とにかく変なネコです。

今日は1日中、雨が降っていました。何もすることがないので、家の中にいたら、台所の裏口でネコの声がしました。開けてみると、「だいちゃん」でした。雨に濡れており、空腹のようでした。「だいちゃん」は人間から餌をもらうやり方を心得ているので、いかにも当たり前という顔をして待っていました。餌を与えると、いつものように、慌てず、騒がず、ゆっくりと食事していました。一皿平らげたので、もう一皿与えました。

そのとき、すぐ近くで例のナキウサギのような声がして、「ひよ弟」が現れました。すると、「だいちゃん」は食事をやめて、「ひよ弟」に餌を譲り、自分は近くのガス台の上に跳び上がりました。しかし、「ひよ弟」は食事しようとはせずに、ナキウサギ声を発しながら、「だいちゃん」のいるガス台に跳び上がろうとしましたが、まだ跳躍力が足りないのか、跳び乗ることはできませんでした。

「ひよ弟」は「だいちゃん」の息子なのか、それとも孫なのかとも思いましたが、よくわかりませんでした。というのも、顔つきはまったく似ていないからです。我が家の庭に出入りしている野良ネコたちの行動を観察すると、皆、「ひよひよ兄弟」に遠慮しているようです。彼らの社会では、子ネコは大切にする不文律のようなものがあるのかもしれません。

2008年6月23日 (月)

生きていたネオタ

といっても夢の話です。ペットを死なせた経験のある人なら誰しも、実は生きていたという夢を見たことがあると思いますが、そういう類の夢です。もっとも、ネオタの死後まもなく、看病していたら元気になったという夢を見たことがありましたが、その後ずっとそういう夢を見ませんでした。また、ペットロスにもならず、何とか現在まで至っています。

ぼくは現在、東京都に住んでいますが、子どものころは横浜で育ちました。大学に入学してからは北海道(札幌と函館)で1人暮らしをしていました。卒業後、再び実家に戻ったのですが、その直前に実家は横浜を引き払い、現在の東京の住所に移りました。引っ越して間もないころは少年時代を過ごした横浜が懐かしく、しばしば遊びに出かけ、昔の友人と会ったりもしたのですが、数年後は東京暮らしにも慣れ、滅多に横浜へは行かなくなりました。最後に訪れたのは2004年の12月で、もう3年半も縁がありません。

しかしながら、潜在的にはまだ未練があるのか、ときどき夢に見ます。よく見るのは、横浜に住んでいたときの家をまだ引き払っていなかった、というものです。現在の東京の家と、昔の横浜の家と、両方あるという前提のものが多いです。普段は東京に住んでいるのに、横浜の家に大切な荷物をまだ残している、というパターンです。今回の夢は、ネオタを横浜に残したまま、東京へ出てきたストーリーでした。

その夢では、東京に住みつつも、横浜の家をまだ完全に引き払ってはいなかったのですが、とうとう横浜に残した荷物をすべて持ち出さなければならず、家族総出であとかたづけに行ったところ、ネオタが1頭で取り残されていた、ということになっていました。もちろん、ネオタは東京の家に連れ帰り、まだ若くて健康で、あと10年くらいの余命がありそうだ、というところで終わってしまいました。あまり悲惨なものではありませんが、どこか虚しさと罪悪感が残りました。

なぜこんな夢を見たかというと、横浜の家ではアパート住まいだったわけですが、同じアパートに2歳のときからの友人の実家があり、その家が今年の春、とうとう引っ越した、という知らせがきたからです。それも一因だったと思います。

また、北海道(札幌と函館)の家を引き払って久しいのですが、今でもときどき、その家に荷物を置きっ放しにしており、まだ居住権がある、という夢も見るのです。目が覚めたときにそうでないことがわかってホッとするのですが。

昔飼っていたペットが実はまだ生きていた、という夢は10代や20代のころはよく見ました。小学生時代、ティラピアという魚を飼育していました。小6のときに死亡したのですが、それから10年後に、実は死なずに押入れの片隅で50cmくらいになって生きていた、という夢を見たことがあります。

[追記]今日はネオタの誕生日です(ということになっている)。生きていたら21歳のはずでした。虫の知らせかもしれません。(6月26日)

2008年6月20日 (金)

母親ネコVS「ともちゃん」

「ひよひよ兄弟」のうち、「ひよ兄」が行方不明となり、「ひよ弟」が母親ネコとともに我が家の庭に残りました。しかしながら、以前に比べて母親が姿を見せることは少なくなり、「ひよ弟」が1頭でいることが多くなりました。

今日も「ひよ弟」がいました。雨上がりで、空腹のようでした。そこで、黒缶を開けて与えました。「ひよ弟」は夢中でパクついていましたが、一缶分の量は育ち盛りとはいえ、子ネコ1頭には多すぎたようです。半分ほど食べてから、「ひよ弟」は食事を中止しました。

この間、母親はいませんでした。もしかしたら、母親は我が子を独立させたのかもしれません。行方不明の「ひよ兄」も別の場所で独り立ちしている可能性があります。希望的観測なのでしょうが、そう思いたいです。

その直後に「ともちゃん」が現れました。他の野良ネコたちが庭に寄りつかなくなってからも、「ともちゃん」だけは結構頻繁にやってきました。つくづく思ったのですが、「ともちゃん」は個性的な顔をしています。眼が大きくてきょろきょろしており、ロリスやガラゴといった原猿類を思わせます。その表情で人間の顔をじっと見ているので、笑ってしまいます。その「ともちゃん」が餌を欲しがっているようなので、「ひよ弟」の食べ残した黒缶を与えました。「ともちゃん」はがつがつ食べ始めましたが、びくびくしている様子でした。

その理由がわかりました。突然、母親ネコが現れて「ともちゃん」を追い払いました。そして、黒缶の残りを食べ始めました。さらに、「ひよ弟」が再び現れ、親子で一緒に食事していました。そして、きれいに平らげました。

その後再び「ともちゃん」が現れたので、ドライフードを与えました。「ともちゃん」は夢中で食べ始めましたが、相変わらずびくついていました。というのも、また母親が現れて「ともちゃん」を追い払ってしまったのです。もっとも、今回は食事できたようです。

「ひよ弟」は単独でいることが多くなりました。母親は別の場所にいると思われる「ひよ兄」と交互に様子を見ているのかもしれません。そうあってほしいという願いです。

2008年6月18日 (水)

「ひよ兄」の行方

今日はワーテルロー会戦193周年記念日です。4年前の今日、Amazon.co.ukからThe Waterloo Companionが届きました。3年前の今日、ワーテルローの古戦場で190周年記念パレードを見学しました。しかし、今日は特筆すべきことはありませんでした。従って、今日もナポレオン戦争関係の話題はありません。猛禽関係では、AbeBooksに注文したIan Newton著のThe Sparrowhawkが発送されたというメールが来ました。

先月から我が家の庭に住み着いている「ひよひよ兄弟」ですが、尾の長いものと短いものがおり、性格も違うことがわかりました。それで、長いほうを「ひよ兄」、短いほうを「ひよ弟」と呼ぶことにしました。2頭とも雄のようですが、どちらが年長なのかわかりません。一緒に生まれたのだと思いますが。

その「ひよひよ一家」ですが、昨日は一日中、姿を見せませんでした。兄弟は日に日に行動圏を拡大しているようなので、外の世界に出て行ったのかもしれませんし、あるいは一家で引っ越したのかもしれません。それならそれでいいと思っていました。

そして、今朝4時ごろ、台所の裏戸を開けたら、温水タンクの上に「ひよ弟」がいました。「ひよ兄」は人間に対してあまり物怖じしないのですが、「ひよ弟」は人見知りするようで、すぐに逃げていってしまいます。庭のほうを見たら、「ひよ弟」が母親と一緒にいました。「ひよ兄」の姿は見えませんでしたが、どこかにいるだろうと思いました。昨日はずっといなかったので、空腹だろうと思い、黒缶を開けて与えました。そのあと、ぼくは眠かったので寝てしまいました(ここのところ夜行性になっているのです)。

午前11時ごろ、ぼくは起床して庭を見に行きました。「ひよ弟」が一人で遊んでいましたが、「ひよ兄」の姿は相変わらずありませんでした。近くに母親がいましたが、いつも鋭い目つきをしているのに、今日は箱作りになって、穏やかな表情をしていました。「ひよ弟」は遊び飽きたのか、母親のそばまでいって、ぺったりくっついていました。甘えん坊なのですが、普段は「ひよ兄」がいるので、兄弟でじゃれあっていることが多いので、少し変に思いました。

不審に思ったので、餌をやったら「ひよ兄」が出てくると思い、サケの切り身を与えました。しばらくすると、黒ネコの「こくちゃん」が現れ、骨ごと平らげてしまいました。

その日ずっと、「ひよ兄」は姿を見せませんでした。前日は一家でどこかへ出かけていたようです。「ひよひよ兄弟」は随分成長し、母親とあまり変わらないくらいの大きさになりました。母親は、独立心の強い「ひよ兄」を独り立ちさせ、甘えん坊の「ひよ弟」だけを連れ帰ったのでしょうか。それにしても、2頭ともまだ幼い様子です。考えたくないことですが、「ひよ兄」は何らかの事故に遭って命を落とした可能性があります。残ったのは「ひよ弟」1頭だけになってしまいました。考えてみれば、母親が我が家に兄弟を連れ込んだときは2頭でしたが、そのときはすでに乳離れし、固形物を食べられるくらいに成長していました。ひょっとすると、他にも兄弟がいたのかもしれませんが、生き残った2頭を庭に連れ込んだのかもしれません。そして、「ひよ弟」1頭が残りました。野良ネコの世界は厳しいようです。

2008年6月16日 (月)

Evolving Eden

今日はリニーおよびカトル・ブラの戦いから193周年です。といっても、今日の話題はナポレオン戦争とは関係ないので、悪しからず。

本日、Amazon.co.jpに注文していたAlan Turner & Mauricio Anton共著のEvolving Eden:An Illustrated Guide to the Evolution of the African Large-Mammal Faunaが届きました。価格は4997円でしたが、貯まっていた50ポイントを使い、4947円で入手しました。

この本は5月14日に購入した図説 アフリカの哺乳類の原書です。12,600円もする訳書を購入してから、酔狂にも原書まで入手したわけですが、原文を読むことで翻訳の勉強にもなるし、これから化石哺乳類の洋書にもチャレンジする上で、頻出する単語などにも慣れておく必要もあるからです。また、ぼくは英文活字中毒のようなところがあり、英語の文章に目を通していると楽しかったりもするのです。そういうわけで、翻訳ものなどを読んだりすると、原書を読んでみたくなったりすることが多々あります。

内容に関しては、ネコ科については5月14日の記事で触れたので、今回は霊長類のことを書いてみます。本書では化石人類のことも詳しく解説されていますが、それ以外で注目に値するものとして、ケニアのオロルゲサイリーで発掘された巨大ヒヒの一種であるテロピテクス・オスワルディ(Theropithecus oswaldi)があります。現生種のゲラダヒヒと同属ですが、雄は肩高80cm、体重100kgにもなり、雌のゴリラと同大です。しかも知能の高い類人猿に属し、臆病で神経質なゴリラと異なり、ヒヒは正真正銘の野獣ですから、戦慄すべき存在です。この巨大ヒヒを原人ホモ・エレクトゥスが食料として狩っていたというのです。アッテンボローはLife on Earthにて、原人がこのような危険な動物に挑戦していたということは、かなり高度な社会性と狩猟技術を有したハンターだと考えられる、と解説していました。一方、本書ではパラントロプス・ボイセイ(Paranthoropus boisei)のような小型の人類にとっては、巨大ヒヒは恐るべきライヴァルだったとしています。このヒヒは植物食だったとされていますが、現生のサヴァンナヒヒのように肉食もしていたかどうか興味があります。

さらに気になるのは、当時の霊長類とネコ科の関係です。サーベルタイガー類のディノフェリスとメガンテレオン(ともにジャガー大)は化石人類を含む霊長類を捕食していたようです。こちらのサイトで紹介されています。これらのネコ類が巨大ヒヒを捕食していたか興味深いです。

ハート&サスマン共著のヒトは食べられて進化したでも触れられていましたが、化石人類にとって猛禽類も大敵でした。本書にはカンムリクマタカがアウストラロピテクスの子どもを掴んでいる図が描かれていますが、これはこちらのサイトに転載されています。

余談ですが、今日も野良ネコの「ともちゃん」が庭に来ましたが、「ひよひよ兄弟」の母親に威嚇されて退散しました。

2008年6月14日 (土)

ひよひよ1か月

早いもので、「ひよひよ兄弟」とその母親ネコが我が家の庭に住み着いて、ちょうど1か月になります。当初は毛糸の塊のようで、“ひよひよ”と頼りなさそうだった兄弟も随分大きくなり、逞しく成長しているようです。庭を我がもの顔で闊歩し、花壇でとっくみあって草花をなぎ倒し、植木鉢をひっくり返し、発泡スチロールのプランターで爪とぎをし、といろいろやってくれます。塀の上にも頻繁に登るようになり、行動範囲を徐々に拡大しています。

母親ネコはいつも兄弟を見守っており、警戒を怠りません。我が家の庭に出入りしていた野良ネコたちは、人間が餌をくれる存在だと知っているため、慣れると愛想良くなるのですが、この母親はそのような表情をまったく見せません。近づくと、唸り声をあげたりします。しかし、危害を加えられる心配はしていないようです。また、餌を与えると、先に兄弟が食べ、残りを母親が食べています。

兄弟は元気に育っており、活発に暴れまわり、食欲も旺盛ですが、2頭とも痩せているのが気になります。一度、尾の長いほうを抱き上げてみたことがありますが、頼りないほど軽かったのです。普段はユニチャームのドライフードを与えているのですが、それだけでは足りないと思ったので、本日、缶詰を買ってきました。まず、黒缶(カツオ入り)を与えてみました。早速、兄弟の1頭ががつがつと喰らいつきました。1缶でかなりの分量があるので、もう1頭もありつけました。満腹したのか、餌の残りで遊んだりしていました。最後には例によって母親が残りを平らげました。行動を観察している限りでは、健康上、問題はないようです。

他のネコが庭に寄りつかなくなって久しいのですが、今日は近所で「くりちゃん」を見かけました。何喰わぬ顔で、道路を歩いていました。

[追記]今日はやはり久々に「ともちゃん」が庭にやってきました。ドライフードを与えたら食べていましたが、「ひよひよ兄弟」が気になるせいか、また母親が警戒しているのを察しているのか、おどおどした様子で、全部食べずに出て行きました。残りは兄弟の1頭が片づけ、さらに餌を与えたら、それも食べてしまいました。(6月15日)

2008年6月12日 (木)

兄弟愛

「ひよひよ兄弟」とその母親ネコが我が家の庭に住み着いて、まもなく1か月になります。それ以前は庭に出入りしている野良ネコたちの顔ぶれはさまざまで、いろいろなネコが入れ替わり立ち替わりやってきたものですが、件の親子が庭に定住して以来、他のネコはほとんどやって来なくなりました。「だいちゃん」はときどき見回りに来ますが、以前のように餌をねだらなくなりました。また、「くりちゃん」と「はんちゃん」が家の前にいたこともありましたが、庭に入っては来ませんでした。5月27日には「ともちゃん」が来たので、サケの切り身を与えましたが、近くで「ひよひよ兄弟」が遊んでいるせいか、食事に専念できず、切り身をくわえたまま塀の上に登って去って行きました。そういうわけで、庭は親子が占有してしまいました。

「ひよひよ兄弟」は日に日に逞しく成長しているようです。2頭とも見た目はそっくりですが、片方は尾が長く、もう片方はその半分くらいです。尾が長いほうは大胆で、単独行動していることが多いのですが、短いほうは甘えん坊で、母親にペタペタくっついています。2頭は仲がよく、じゃれあったり、とっくみあったりして遊んでいます。また、2頭で連れ立って、庭のあちこちを“探検”していることもありました。お互いに相手の肩に手をかけて(人間でいえば「肩を組んだ」状態でしょうか)、庭の草木の間から、ときどき見え隠れしているので、滑稽でした。塀の上で遊んでいることもありました。

今日の午前2時ごろのことです。庭でミイミイ鳴く声がしました。裏口を開けると、母親と兄弟の1頭が地上にいました。もう1頭が隣の家の屋根の上にいて鳴いていました。どうやら、屋根の上から降りられなくなったようです。母親は心配しているようでしたが、助けてやれないようでした。そこでぼくが救出しようと思いましたが、そのためには隣家の屋根の上に登らなければなりません。時間が時間だけに、そんなことをしたら、泥棒と間違えられて通報されるかもしれません。そのうち自力で降りられると思い、一端は救出を見送りました。

ところがまずいことに雨が降り出しました。屋根の上の兄弟は相変わらずミイミイ鳴いており、心細そうでした。屋根の上には雨宿りする場所がありません。このまま放置しておいたら、雨に濡れて体力を消耗し、命にかかわる恐れがあります。ぼくは意を決して、屋根に登って救助することにしました。そして、我が家と隣家の境界の塀の上に登りました。そのとき、ミイミイ鳴いているのは他にもいることがわかりました。もう1頭の兄弟がいつの間にか塀の上におり、隣家の屋根の上に取り残された兄弟に呼びかけていました。屋根の上の兄弟は縁まで乗り出していました。縁は塀のちょうど真上にあります。縁から塀の上に飛び降りようとしているのですが、なかなか勇気が出ないようです。塀の上の兄弟は、励ましているかのように、ずっと呼び続けていました。屋根の上の兄弟は3回ほどためらった挙げ句、飛び降りる、というよりも、落ちるように、ドサッと塀の上に降りました。ぼくはそれを見届けたので、ほっとして家の中へ戻りました。暗かったので、どちらがどちらなのかよくわかりませんでした。

2008年5月25日 (日)

ひよひよ兄弟

さて、5月14日に突然現れた野良ネコの親子のその後です。母親と2頭の子ネコですが、どこか別の場所で出産し、我が家の庭に連れ込んだようです。母親は茶虎でところどころが白いという程度ですが、子ネコたちは真っ白で、耳と尾がうっすら茶色くなっています。まだ、どちらがどうなのか区別がつかず、毛糸の塊のようでひよひよと頼りない感じなので、「ひよひよ兄弟」と呼ぶことにしました。

「ひよひよ兄弟」は既に眼も開き、乳離れしているようで、生意気にもドライフードを与えたら、ボリボリと音を立てて食べていました。2頭とも眼の周囲に眼やにがついているので、病気ではないかと思いましたが、視力はあるようで、ハエなどが飛んでいると、追いかけまわしています。親子は我が家の縁の下を寝場所にしているようで、日中は庭で遊んでいたりしていますが、塀の上を歩いていたこともあります。思ったよりも逞しく育っているようです。

この親子が庭に住み着いてから、他の野良ネコたちがぱったりとやって来なくなりました。「だいちゃん」はときどき顔を見せますが、以前は餌を独占していたのに、「ひよひよ兄弟」に対しては譲ってやることもありました。「はんちゃん」は一度だけ姿を見せ、がつがつ餌を食べていましたが、その後は寄り付かないようです。「くりちゃん」と「しろちゃん」はまったく来ません。「くりちゃん」の友だちの白っぽいネコはときおり来ますが、「ひよひよ兄弟」と鉢合わせると、場所を明け渡します。どうも、親子に遠慮しているようです。

「ひよひよ兄弟」については、このまま無事に成長してほしいと願っていますが、この先どうなるのか見当もつきません。野良ネコ社会は流動的ですが、またいろいろな出来事が起こりそうな気がします。

2008年5月14日 (水)

図説 アフリカの哺乳類

本日、Alan Turner & Mauricio Antonの図説 アフリカの哺乳類を西武池袋リブロ書店で購入しました。定価は12000円(税込で12600円)ととんでもなく高価な本ですが、化石哺乳類、特にネコ科好きとしてはどうしても欲しかったのです。原書Evolving EdenはAmazon.co.jpでは5000円くらいで入手できますが、化石哺乳類の洋書はまだ慣れていないので、訳書から読んでみることにしました。池袋コミュニティ・カレッジの会員証を提示して5%引きとなり、小計11400円+外税570円=合計11970円となりました。さらに商品券1500円および図書カード1000円を動員し、現金は9470円ということになりました。

この本は、有史以前のアフリカの哺乳類のメガファウナについて解説した本です。哺乳類全般を一通り扱っていますが、ネコ好きのぼくとしては、まずはネコ科の部分から読み始めました。

化石ネコ類の代表は何といってもサーベルタイガーです。一般にサーベルタイガーというと南北アメリカの更新世のスミロドンを指します。このスミロドンはマンモスと並んで化石哺乳類のスターですが、あまりにも有名なため、他の化石ネコ類が霞んでしまっています。

広義のサーベルタイガーとは、ネコ科マカイロドゥス亜科の総称ですが、このグループにはスミロドン以外にもいろいろな種の化石が発見されています。スミロドンが存在しなかったアフリカには、ディノフェリス、メガンテレオン、ホモテリウムが代表的なもので、他にアフロスミルス、アデルファイルルス、ロコトゥンジャイルルスなどが知られています。ディノフェリスとメガンテレオンはジャガー大、ホモテリウムはライオン大になります。ホモテリウムはマカイロドゥス亜科ではスミロドンに次いでポピュラーで、ぼくも子どものころからいろいろな本で読みました。かつては動作が鈍いとされていましたが、最近の研究では足が長くて活発なハンターであったことがわかってきました。また、ライオンのように群れを作っていたようです。この本では、ホモテリウムとディノフェリスおよびメガンテレオンは現在のライオンとヒョウのような関係にあったとしています。

サーベルタイガーの絶滅について、一般に氷河時代末期にマンモスや巨大ナマケモノなどの大型哺乳類が絶滅したために、食物がなくなったためだと説明されています。南北アメリカのスミロドンの場合はそうなのでしょう。しかし、アフリカでは事情が異なっているようです。ディノフェリスとメガンテレオンは植生の減少に伴って、ホモテリウムやライオン、ハイエナなどとの競合が不利になり、ホモテリウムは気候の乾燥化が原因だとされています。サーベルタイガー類は現在では絶滅したものの、長期にわたって繁栄したグループであり、絶滅の原因も一口では片づけられないようです。加えて、スミロドンだけがサーベルタイガーではないので、サーベルタイガーを語る際にはマカイロドゥス亜科全般を見る必要があると思います。

さて、この本を家に持ち帰り、何気なく家の庭を見たら、白い毛糸の塊みたいなものが二つ…。ひよひよの子ネコでした。母親らしいネコもいました。庭に連れ込んだようです。大変な事態になりました。

2008年5月12日 (月)

「くりちゃん」の友だち

ここ数か月、庭に出入りしている野良ネコたちについて書きつづっていますが、常連は、古参の「だいちゃん」に加え、「くりちゃん」、「はんちゃん」、「しろちゃん」の計4頭ということで落ち着いたようです。しかしながら、流動状態はまだ続いており、見慣れぬネコがときどき顔を出します。

今日も新顔のネコが現れました。体は白っぽいのですが、ところどころに茶色の斑があります。顔つきはあまり品が良いとは言えませんが、眼が大きくてかわいい表情をしています。そのネコが、皿に入れておいたニシンの切れっ端をむさぼっていました。そして満腹したらしく、切れっ端の残りを前足で引っかけて遊んでいました。ぼくは庭に面した渡り廊下にいたのですが、そのネコは食事が終わると、ぼくのすぐ近くまでやってきて、ガラス戸越しにぼくの顔をじっと見ていました。好奇心が旺盛なのか、あまりにも真面目な顔をしているので、笑ってしまいました。そのネコは新顔だというのに落ち着いたもので、箱作りになってのんびりくつろいでいるようでした。

しばらくすると、「くりちゃん」が現れました。喧嘩になると思ったのですが、近くを通り過ぎても、片方がふざけたように手を繰り出すだけで、いざこざは起きませんでした。そこで、「くりちゃん」のためにドライフードを与えました。すると、新顔のネコも一緒に食べ始めました。「くりちゃん」はおっとりしているので、ほとんどを新顔のネコが食べてしまいました。食べ終わると、再び渡り廊下のすぐ外で、2頭が並んでくつろいでいました。新顔のネコはまたぼくの顔をじっと見つめていました。2頭は親しいのか、雰囲気的に平和そのものといった感じでした。

ここ数か月、いろいろな野良ネコが次々と常連の仲間入りをしているので、名前をつけてきましたが、ここまで来ると、いちいち命名するのが面倒になってしまいました。そのネコが常連になるかどうかはわかりませんが、そのうち特徴を捉えて名前をつけてやろうと思っています。

[追記]「くりちゃん」の友だちについてですが、その後も我が家の庭に何度か出入りして、常連になりました。「ともだち」ということで、人間にも親しみ深いので、「ともちゃん」という名前にしました。(5月27日)

2008年5月 9日 (金)

本物の「にせはんちゃん」

本日のことですが、庭でネコが騒ぐ声がしました。喧嘩をしているようです。1頭は「だいちゃん」でした。相手を塀の隅に追いつめたようで、威嚇していました。「こくちゃん」かと思っていたら、最近はあまり来なくなった「はんちゃん」でした。「はんちゃん」は「だいちゃん」の許容範囲にあると思っていたので、少し意外でした。

現在、庭に出入りしている野良ネコの常連は2派に分かれているようです。「にせはんちゃん」改め「くりちゃん」は「だいちゃん」の仲間らしく、一緒に行動しているところを何度か見ています。「くりちゃん」は「だいちゃん」の息子かもしれません。一方、「はんちゃん」と「しろちゃん」もまた別のグループを作っています。この2頭は一緒に食事していることもあり、顔つきも似ているので、兄弟かもしれません。これまで、「くりちゃん」と「はんちゃん」の間でちょっとした小競り合いはありましたが、「だいちゃん」が「はんちゃん」を攻撃しているのは見たことがありませんでした。「はんちゃん」は一人前に成長したので、ライヴァル視されるようになったのでしょうか。

ここでまた、ややこしい事態が発生しました。「はんちゃん」だと思っていたネコはさらに2頭いるようなのです。ぼくは見ていないのですが、母の話によると、「はんちゃん」とそっくりなネコが同時に現れたそうです。そのネコこそ、本物の「にせはんちゃん」ということになるのでしょう。

そして今日の午後、「はんちゃん」が餌を食べに来ました。そしたら、母が見て、本物の「にせはんちゃん」ではないかと言っていました。ただ、ぼくが見た限りだと、カチッカチッと音を立てての食事といい、食べ終えて、おかわりを要求するときの上目遣いといい、動作といい、「はんちゃん」そのもののようです。しかしながら、本物の「にせはんちゃん」が以前から出入りしていたとなると、どちらがどちらだかわからなくなってしまいます。こればかりは、両者が同時に出現し、観察する機会がなければ何とも言えません。取り敢えず、がっついていて、おかわりを要求するのが「はんちゃん」ということにしておきます。

2008年4月14日 (月)

Wild Cats of the World

本日、Amazon.comに注文していたSunquist著のWild Cats of the Worldが届きました。本体29.70ドル+送料8.98ドル=合計38.68ドルでした。452ページとかなりヴォリュームのある本でした。現生ネコ関連の洋書を購入するのはこれが初めてです。

去年の10月30日の記事で、ネコブームが起こりそうだとか、ネコ関連のホームページを作ることを愛猫の遺影に誓った、などと書きましたが、その後も猛禽本ばかり購入しており、ネコについて本格的に取り組んでいるとは言えませんでした。もっとも、家の庭に出入りしている野良ネコの世話は人一倍焼いてはいますが。何とかしてネコに取っ掛かりを持とうと思ってAmazonでネコ本を検索した結果、新本で入手可能なのが本書というわけです。

内容についてですが、現生野生ネコの本です。掲載種は以下の通りです。

Cheetah Acinonyx jubatus (Schreber, 1776)

Caracal Caracal caracal (Schreber, 1776)

Bay cat Catopuma badia (Gray, 1874)

Asiatic golden cat Catopuma temminckii (Vigors and Horsfield, 1827)

Chinese desert cat Felis bieti (Milne-Edwards, 1892)

Jungle cat Felis chaus (Schreber, 1777)

Sand cat Felis margarita (Loche, 1858)

Black-footed cat Felis nigripes (Burchell, 1824)

Wildcat Felis silvestris (Schreber, 1775)

Jaguarundi Herpailurus yaguarondi (Lacepede, 1809)

Ocelot Leopardus pardalis (Linnaeus, 1758)

Oncilla Leopardus tigrinus (Schreber, 1775)

Margay Leopardus wiedii (Schinz, 1821)

Serval Leptailurus serval (Schreber, 1776)

Canada lynx Lynx canadensis Kerr, 1792

Eurasian lynx Lynx lynx (Linnaeus, 1758)

Iberian lynx Lynx pardinus (Temmink, 1827)

Bobcat Lynx rufus (Schreber, 1777)

Pampas cat Oncifelis colocolo (Molina, 1782)

Geoffroy's cat Oncifelis geoffroyi (d'Orbigny and Gervais, 1844)

Kodkod Oncifelis guigna (Molina, 1782)

Andean mountain cat Oreailurus jacobitus (Cornalia, 1865)

Manul Otocolobus manul (Pallas, 1776)

Leopard cat Prionailurus bengalensis (Kerr, 1792)

Flat-headed cat Prionailurus planiceps (Vigors and Horsfield, 1827)

Rusty-spotted cat Prionailurus rubiginosus (Geoffroy, 1831)

Fishing cat Prionailurus viverrinus (Bennett, 1833)

African golden cat Profelis aurata (Temminck, 1827)

Puma Puma concolor (Linnaeus, 1771)

Clouded leopard Neofelis nebulosa (Griffiths, 1821)

Lion Panthera leo (Linnaeus, 1758)

Jaguar Panthera onca (Linnaeus, 1758)

Leopard Panthera pardus (Linnaeus, 1758)

Tiger Panthera tigris (Linnaeus, 1758)

Marbled cat Pardofelis marmorata (Martin, 1837)

Snow leopard Uncia uncia (Schreber, 1775)

各種の解説の末尾に引用文献が列挙されています。これを手掛かりに…というのはまだ早すぎるかもしれません。焦らずに地道に読んでいこうと思っています。

2008年4月10日 (木)

「にせはんちゃん」残る

「くろちゃん」の死後、新顔の野良ネコたちが我が家の庭に出入りし始め、いろいろなネコが餌を食べにきました。古参の「だいちゃん」を筆頭に、「はんちゃん」、「にせはんちゃん」、「しろちゃん」、そして「こくちゃん」が登場しました。そのうち、3頭は「だいちゃん」の許容範囲にあり、平和に食事していますが、「こくちゃん」はライヴァル視されており、「だいちゃん」と顔を合わせれば喧嘩をしています。

さて、そのような混乱期がしばらく続きましたが、今月に入って少し落ち着きました。というのは、「にせはんちゃん」が我が家をなわばりとして継承することになったようです。「はんちゃん」は姿を見せなくなりました。可愛いネコだったので、少し残念ですが、「にせはんちゃん」も可愛い顔をしているので、まあいいかなと思っています。また、「だいちゃん」が以前のように頻繁には顔を出さなくなりました。「だいちゃん」はなわばりが広いようなので、「にせはんちゃん」に譲ったのかもしれません。「にせはんちゃん」は以前から「だいちゃん」と行動をともにしていることがあり、やはり「だいちゃん」の息子かもしれないようです。

「にせはんちゃん」は茶虎のネコで、大きさは中くらい、尾がやや短くて、先がねじくれています。「はんちゃん」に比べると、おっとりしていて、それほどガツガツしていません。最近では、以前「くろちゃん」がよくいた温水タンクの上でくつろいでいたりしています。また、台所の裏口から家の中をのぞいていたりしています。人の顔を見て、何か欲しそうな表情をしたり、小さな声で鳴いたりもしています。この先どうなるかわかりませんが、顔を見せてほしいものです。

それ以外に、「しろちゃん」がときどきやってきます。一度、カレイをやったところ、新顔の茶虎のネコがやってきて、肉をこそげとってしまったのですが、次に「しろちゃん」が残った骨をすべて食べてしまったことがあります。また、「こくちゃん」もやってきます。屋根の上で「だいちゃん」と喧嘩をしていましたが、じっとしたままフーフー唸りあっていて、傍から見るとお互いにくつろいでいるようでした。

[追記]こうして常連になった「にせはんちゃん」ですが、「にせ」がつくのは可哀そうなので、「くりちゃん」と名前が変わりました。眼がくりくりしているからです。 (4月20日、記)

2008年3月19日 (水)

ネコ騒動 その3

1月23日の「くろちゃん」の死から2か月弱、我が家の庭に出入りしている野良ネコ社会の勢力地図は大きく変化しました。古参の「だいちゃん」に加え、「はんちゃん」と「にせはんちゃん」、それに白っぽいネコの4頭が庭に入り浸っています。先月、1年半ぶりに姿を現した「まっくろちゃん」は再び姿を見せなくなりました。上記の4頭は、今のところ、平和にやっているようです。ときどき、食事どきに「はんちゃん」と「にせはんちゃん」の間で小競り合いが起こる程度です。

今日の午前中、以前「くろちゃん」がよくくつろいでいた温水タンクの上に「にせはんちゃん」がいました。餌が欲しいわけでもなく、のんびり日光浴をしている感じです。食事だけでなく、生活の場にしてしまったようです。

そして午後、我が家の門のあたりで「だいちゃん」がいました。と思ったら、さらに新顔のネコが出現しました。黒ネコです。一瞬、「まっくろちゃん」かと思いましたが、短毛種で、「まっくろちゃん」よりも尾が短く、脚の長いネコでした。これが「だいちゃん」と正面から鉢合わせて喧嘩になりました。まず、少し間を置いての睨み合いから始まりました。両者ともフーフー言っていますが、噛みつくとかひっかくといった積極的な攻撃は仕掛けませんでした。やがて両者は接近し、お互いに額をくっつけあって、より大きな声でフーフー言いあっていました。かなり大きな声なので、道行く人々が皆、立ち止まって見ていました。しばらくして、外出していた父が戻ってくると、黒ネコは逃げ出し、「だいちゃん」がそのあとを追いかけて行きました。

その晩、「はんちゃん」または「にせはんちゃん」と思われるネコが餌をもらいにやってきましたが、暗かったので、どちらなのかよくわかりませんでした。

「はんちゃん」と「にせはんちゃん」と白っぽいネコは「だいちゃん」の許容範囲にあるらしく、特に争いは起こっていませんが、新顔の黒ネコはライヴァルとみなしているようです。その黒ネコについて、以前は「くろちゃん」や「まっくろちゃん」がいたので、「こくちゃん」と命名しました。

2008年3月16日 (日)

2頭の「はんちゃん」

新顔の野良ネコ「はんちゃん」が我が家の庭に出入りするようになって1か月以上経ちました。先輩格の「だいちゃん」の行動を観察して、人間から餌をもらえることを学び、1頭で食べに来るようにもなりました。まだ、びくびくしているようですが、空腹には代えられないようです。

ところで、我が家で「はんちゃん」と呼んでいるネコは実は2頭であることが今日、判明しました。最初にやってきた元祖「はんちゃん」と、もう1頭の「はんちゃん」です。ところが、名前の由来である尾の短いほうが、あとから来た「はんちゃん」でした。元祖「はんちゃん」は小柄で尾が長く、とても可愛い顔をしています。ネオタの毛色の黒い部分を茶色にしたようで、まだ幼く、ネオタの生まれ変わりか?とも思えるくらいです。行動ははしっこいというか、抜け目ない感じで、食欲は旺盛で、4~5皿はペロリと平らげます。まだ足りないと、人間の顔を見て、目で催促します。あとから来た「はんちゃん」は大きさは中くらい、少しおっとりした感じで、それほどガツガツしていません。実は3月2日の記事で、「だいちゃん」と連れ立ってやってきたのは、あとから来た「はんちゃん」でした。

そういうわけで、元祖のほうを「はんちゃん」と呼び、あとから来たほうを「にせはんちゃん」と呼ぶことになりました。どちらも「だいちゃん」の許容範囲にあるらしく、追い払われてはいないようです。他に、ときどきですが、体が白くて、尾など所々が茶色いネコも来ています。このネコにも名前を着けてやろうと思っています。

[追記]白っぽいネコは「しろちゃん」という名を着けました。実は、「しろちゃん」とは昔、祖母の家にいたマルチーズの名前でした。「しろちゃん」も「だいちゃん」の許容範囲にあり、合計4頭が常連になりました。 (4月4日、記)

2008年3月 2日 (日)

「だいちゃん」と「はんちゃん」

「くろちゃん」の死後、我が家の庭に出入りするようになった野良ネコの「はんちゃん」は、頻繁に姿を現すようになりました。まだ、人間を見るとおどおどするようですが、皿に餌を入れてやると食べているようです。人間が餌をくれる存在であることは理解しているのでしょう。

現在、庭に出入りしているネコで最古参は「だいちゃん」です。「だいちゃん」は結構、喧嘩っ早いところがあって、「くろちゃん」のことを脅したり、餌を横取りしたりしていました。「くろちゃん」のほうが先輩ですが、体格差があったので、「だいちゃん」のほうが有利なようでした。

そういうわけで、古参の「だいちゃん」と新参の「はんちゃん」の力関係が気になりました。「はんちゃん」はまだ若いネコのようで、力もそれほど強くないようなので、「だいちゃん」が餌を独り占めにしなければいいが…と思っていました。

今朝、庭を見ていたら、茶虎のネコが連れ立って現れました。先頭が「だいちゃん」で、そのあとに「はんちゃん」が続いていました。2頭が一緒に現れるのを見るのは初めてでした。「はんちゃん」は小さいという印象がありましたが、「だいちゃん」と比べて取り立てて小さくはなかったようです。

そこで、餌を与えてみました。二皿分、与えました。「はんちゃん」はぼくを見て、庭の隅に逃げていきましたが、「だいちゃん」は人馴れしているので、物怖じせず、待っていました。ぼくが家の中に戻ると、「だいちゃん」は食べ始めましたが、「はんちゃん」がそのすぐ後方に控えて、「だいちゃん」の食事を観察していました。「だいちゃん」は一皿分食べ終わると、その場を立ち去りました。大食漢なので、その気になったら二皿くらい平らげるかと思っていましたが、意外でした。そして、「はんちゃん」は残りの一皿を食べ始めました。「はんちゃん」のために残してやっているようでした。そういうわけではなくても、「はんちゃん」を追い払ったりはしないようでした。

「はんちゃん」は「だいちゃん」の弟か息子なのでしょうか。ネコの社会のことはよくわかりませんが、そんな印象がありました。あの喧嘩っ早い「だいちゃん」が、「はんちゃん」を邪険にしたりはしなかったからです。

2008年2月20日 (水)

1年半ぶりの「まっくろちゃん」

今朝のことです。朝食のとき、何気なく庭を見たところ、ネコが1頭いました。黒の長毛種でした。以前、我が家の庭に出入りしていた「まっくろちゃん」でした。「あっ、まっくろちゃんだ」と言ったら、道路のほうに出て行ってしまいました。

「まっくろちゃん」が初めて我が家に来たのは、今からちょうど4年前の2004年の2月でした。当時、「くろちゃん」や「とらちゃん」が出入りしていて、餌を与え始めたころでした。「まっくろちゃん」は最初から目を引くネコでした。ペルシアネコなどあまり外を出歩いたりしていないからです。多くは、「くろちゃん」のような短毛種の雑種ばかりです。「くろちゃん」は黒ネコではなく、鼻のあたりが黒かったので、最初は「はなくろちゃん」と呼んでいましたが、省略されて「くろちゃん」になりました。それが定着したころに真っ黒いネコが現れたので、そのまま「まっくろちゃん」と呼ばれるようになりました。この年の「まっくろちゃん」はまだ小さく、一度しか姿を現しませんでした。

「まっくろちゃん」が再び出現したのは、翌2005年の2月でした。体も大きくなり、態度も大きくなっていました。首輪をしていたので、飼いネコのはずですが、自由に外出していたようです。季節的にネコの発情期で、上記の「とらちゃん」は「くろちゃん」にラヴコールしていたのですが、「まっくろちゃん」も負けじとラブコールし始めました。その声は変わっていました。「とらちゃん」は“吠えて”いたのに対し、「まっくろちゃん」は“喚いて”いたのです。ネコとも思えぬ声で、「ンガア、ンガア」と叫んでいました。我が家ではこの声を、“ネコのペルシア語”と呼んでいました。間もなく、「とらちゃん」は喧嘩に敗れたのか、頬にえぐれたような傷ができ、その後、姿を見せなくなりました。飼い主が青くなって、外出を禁止されてしまったのだと思います。一方、「まっくろちゃん」は「くろちゃん」に受け入れられ、いつも一緒にいました。一度、交尾しているところを見ましたが、「くろちゃん」は妊娠しなかったようです。「まっくろちゃん」は我がもの顔で庭をのし歩き、昼夜を問わず、「ンガア、ンガア」と“喚いて”いました。2005年は7月まで姿を現し、その後はパッタリいなくなりました。翌2006年も2月から7月にかけて傍若無人に振る舞っていました。「くろちゃん」に向かって盛んに「ンガア、ンガア」と迫って、叩かれているのを2度ほど見ました。日本のネコにペルシア語は通じなかったのかもしれません。

「まっくろちゃん」が姿を見せなくなったのは、2006年の7月以降で、「だいちゃん」が出現し、勢力争いに敗れたようです。両者が睨み合って鳴きかわし、「まっくろちゃん」が逃げていくところを見たことがあります。もっとも「だいちゃん」は雄ですが、「くろちゃん」に興味はなかったようでした。この年の10月ごろにも「まっくろちゃん」は現れましたが、以後1年半、まったく姿を現しませんでした。うるさいネコで、いろいろなところに尿をかけたりしていたのですが、いなければいないで寂しいと思ったものです。それくらい、個性的なネコでした。

その「まっくろちゃん」が今日、1年半ぶりに姿を現しました。といっても、「くろちゃん」はもういませんし、「まっくろちゃん」も例の「ンガア、ンガア」という声は出しませんでした。うるさいし、尿をところかまわず引っかけたりするので、飼い主が愛想をつかせて去勢手術してしまったのかもしれません。そうだとしたら、外出しなくなったのも納得できます。ともあれ、「まっくろちゃん」が健在で嬉しかったです。

2008年2月13日 (水)

「はんちゃん」あらわる

野良ネコの「くろちゃん」が他界して、葬儀も済ませ、だいぶ経ちました。そして、もう1頭の「だいちゃん」もあまり姿を見せなくなりました。どうも「だいちゃん」は「くろちゃん」と同時に現れることで、餌にありついていたようです。「くろちゃん」はほぼ完全に我が家に依存しているようですが、「だいちゃん」はなわばりが広いようで、近所の人の話によると、かなり遠方まで足を延ばしているようです。ということは、他の家でも餌をもらっているのかもしれません。

さて、「くろちゃん」の死後、新顔のネコが出入りするようになりました。茶虎の小柄なネコで、尾が普通のネコの半分ほどの長さだというので、母が「はんちゃん」という名前をつけました。我が家の庭には偵察に訪れているようです。ただ、まだ人に慣れていないようで、出くわしてもすぐに逃げてしまうようです。そういうわけで、ぼくも今日までお目にかかったことはありませんでした。ただ、「だいちゃん」の食べ残しを漁っていたということなので、そのうち慣れてくるのではないかと思っていました。

そして今日、ぼくは初めて「はんちゃん」を見ました。庭の隅のブロック塀の上に、「だいちゃん」と同じ毛色のネコがいました。こちらを窺っているようでしたが、降りてはきませんでした。念のため、「だいちゃん」の餌用に使っている皿にキャットフードを入れてみましたが、結局、手をつけていませんでした。家族の話によると、少しずつ行動範囲を広げているようで、居つくのを楽しみにしています。

2008年1月31日 (木)

世界動物友の会

1月23日に死亡した野良ネコの「くろちゃん」の遺体は、翌24日に日本ペット葬儀サービスの人に引き取られ、深大寺動物霊園で合同火葬されることになりました。そして今日、深大寺の世界動物友の会から、「くろちゃん」を火葬し、遺骨を万霊塔納骨堂の合同納骨所へ納めたとの報告の手紙が来ました。会員証が同封されていました。いつか、「くろちゃん」の墓参りに行こうと思っています。

そういうわけで、ネオタの死後、3か月後に、飼いネコ同様になついていた「くろちゃん」が他界してしまったので、喪失感が非常に大きいのです。残っているのは「だいちゃん」1匹だけになりました。しかしながら、「だいちゃん」はただ餌が目当てで来ているようで、「くろちゃん」ほどなついてはいません。撫でたことがあるのですが、すぐに飛び退いてしまいます。といっても、危険はないということを知っているらしく、すぐに戻って食事しています。

ネオタも「くろちゃん」もいなくなったので、我が家にとって「だいちゃん」の重要度は上がりました。以前は「くろちゃん」と喧嘩ばかりしていたので、ふてぶてしいネコだと思っていたのですが、今では「だいちゃん」がやってくると、大歓迎されるようになりました。餌も普段より多めに与えたりしています。

そして、「くろちゃん」の死で、野良ネコ社会のバランスが変化したようで、新顔のネコが偵察にやってくるようになりました。ぼくはまだ見たことがないのですが、家族の話によると、「だいちゃん」と同じような茶虎の毛色ですが、小柄で、とても可愛い顔をしていたそうです。家の様子を窺っていたようですが、常連になったら名前をつけてやろうと思って楽しみにしています。

2008年1月23日 (水)

「くろちゃん」の死

今朝早く、我が家の庭に出入りしている野良ネコの「くろちゃん」が、裏口の所で死んでいるのを祖母が発見しました。奇しくもネオタの死後、ちょうど3か月でした。ぼくが起床したときには、「くろちゃん」の遺体は毛布で包まれて、ダンボール箱に収められていました。推定年齢は9歳、野良ネコとしては長生きしたほうでしょうか。

「くろちゃん」といっても黒ネコではありません。ネオタと同様、黒虎と白のブチです。鼻のあたりが黒いので、当初は「はなくろちゃん」と呼んでいましたが、省略されて「くろちゃん」となりました。後に真っ黒い長毛種が登場したときには「まっくろちゃん」となったわけです。

「くろちゃん」が我が家の庭に出入りするようになったのは2003年のことで、我が家では生ゴミを庭に穴を掘って処理していたのですが、それを掘り返して食べていました。可哀そうに思って、ネオタ用のキャットフードを与えたのですが、ネオタのものは動物病院で処方された療養食だったので、やがて普通のキャットフードを買って与えました。それからなつくようになりました。最初は餌が貰えるからという理由で来ていたのですが、いつの間にか、撫でたり抱き上げたりしても平気になり、また、別に空腹でもないのに、可愛がって貰うために来るようにもなりました。特に、母に対して著しく、擦り寄ってきたり、甘えた声を出したりしました。また、家の中に入りたいのか、中を覗き込んでいることもありました。去年の暮れから、庭に発泡スチロールの箱に毛布を敷いてやったら、そこに入って寝ていました。

近所の人の話によると、「くろちゃん」は9年ほど前に、子ネコとして出入りしていたそうです。その後しばらく姿を現さなかったのですが、数年後に再び出現し、我が家とその家で餌を貰うようになりました。雌だからか、ネオタよりふたまわりほど小さく、足も短く、地面を這うようにして歩いていました。太っていましたが、抱き上げるととても軽かったです。

死因ははっきりしていません。前日まで元気だったので。今日は雪が降っていましたが、それがこたえたのでしょうか。交通事故とか保健所のガス室で生涯を終えたのでないことがせめてもの救いです。

残ったのは「だいちゃん」だけになりました。今日、2度も餌を食べに来ました。思わず撫でたら、びっくりして飛びのきました。そこまでなついてはいないのです。

明日、ネオタのときにお世話になった日本ペット葬儀サービスに火葬をお願いすることになっています。

今日、西部池袋カルチャースクールの「大人のぬりえ教室」に参加しました。これについてはいずれまた書きます。

2007年12月18日 (火)

実はいいやつだった「だいちゃん」

ネオタの没後も、家の庭に出入りしている野良ネコの「くろちゃん」と「だいちゃん」に餌を与えています。以前にも書きましたが、この2匹は喧嘩ばかりしています。「くろちゃん」が食事していると、「だいちゃん」が餌を横取りするのです。「だいちゃん」は声を出しません。鳴いているのを一度も聞いたことがありません。無言で威嚇しているのです。たいていは「くろちゃん」がヒステリックに喚いていることが多いようです。我が家では、「だいちゃん」は困ったやつだと思いつつ、それでも仕方ないかと餌を与えています。

そして今日、こんなことがありました。ネコの餌は物置にしまっていて、ネコたちがやってきたときに物置から出して与えているのですが、どうも「くろちゃん」が物置に入って、母がうっかり戸をしめて、閉じ込めてしまったようです。母はそのことに気づきませんでした。そしたら、「だいちゃん」が普段ネコたちが餌をねだりにやってくる裏口の辺りでじっとしていたのです。最初は餌が欲しいのかと母は思ったのですが、そうでもないようです。しばらくすると、物置の中で「くろちゃん」の声がして、閉じ込めていたことに気づいたわけでした。「だいちゃん」はそのことを知らせていたのかもしれません。普段は喧嘩をしているのですが、どうも様子が変だと思ったのか、「くろちゃん」がいないと自分も餌をもらえないと知っているのか、それは「だいちゃん」に聞いてみないとわからないのですが、この行ないで「だいちゃん」の株も上がったようです。まあ、喧嘩をしていても、相手に怪我を負わせるようなことはないのですが。ネコの行動を見ていると面白いものです。

2007年12月 4日 (火)

The Big Cats and Their Fossil Relatives

本日、Amazon.co.jpに注文していたAlan Turner著のThe Big Cats and Their Fossil Relativesが届きました。同じ著者の本としては、11月10日に届いたPrehistric Mammalsに続いて2冊目です。

この本は、1997年に出版された化石ネコ類の本です。このような内容を洋書で読むのはこれが初めてです。何しろ、ネコ科の進化について、専門的な日本語の書籍は皆無に等しいですから、ぼくにとっても未知の分野です。今まで、化石哺乳類の本などで断片的な知識を得てきましたが、本格的な内容は今一つ掴めずに歯痒い思いをしてきました。かといって、どのような本を読んでいいものやら、見当もつきませんでした。いや、これは言い訳です。本当は、猛禽類やナポレオン戦争に注いだ情熱が足りなかったのです。ここで初めてネコ科の進化について追及しようという気になりましたが、引き金となったのは愛猫ネオタの死であることは言うまでもありません。その手始めとして、この本の購入に至ったのです。「日本語で満足な書籍がなければ洋書を当たれ」という教訓(?)を活かすことにしたのです。

ネコ科の分類についてですが、従来はプロアイルルス、ホプロフォネウス、ニムラヴス、マカイロドゥス、ネコの5亜科に分かれていましたが、後にホプロフォネウス亜科とニムラヴス亜科はニムラヴス科として独立し、ネコ科は3亜科を残すのみとなりました。現生ネコ類はすべてネコ亜科に含まれます。ここで面白いのは、ネコ科マカイロドゥス亜科はいわゆるサーベルタイガーとして知られ、上顎の犬歯が長大化していますが、ニムラヴス科にも似たような傾向が見られます。特にバルボウロフェリスは顕著で、ネコ科のスミロドンに匹敵する長さになります。この本ではバルボウロフェリスについてかなり詳しく記されていました。

もう一つ、ネコ科にメタイルルス族というグループがあります。今泉吉典博士によると、イリオモテヤマネコはこのグループの生き残りではないかということで注目を浴びました。このメタイルルス族は今泉氏の著書ではネコ亜科に属していましたが、この本ではマカイロドゥス亜科となっていました。つまり、サーベルタイガーの一族ということです。ということは、今泉説が正しければ、イリオモテヤマネコはサーベルタイガーの生き残りということになるわけです。DNA鑑定でベンガルヤマネコに近縁ということになってしまったのは残念で、ロマンも吹っ飛んでしまいましたが。

巻末の参考文献を見ると、いろいろと興味深そうな書籍がありました。この分野でも洋書漁りをやることになりそうです。本書の購入は、新しい分野への第一歩となりました。

2007年11月24日 (土)

知りたかった動物の名前

遂に本日でもって累計アクセス数が10,000に達しました。

さて、今朝郵便受けにAmazon.co.jpのマーケットプレイスで注文した知りたかった動物の名前が届いていました。出品されていたのは長崎県の方でした。副題は「今泉吉典先生とイリオモテヤマネコ」で、高橋健著の今泉博士の半生を記した本です。

今泉博士はイリオモテヤマネコに命名し、研究された方で、古代ネコ類のメタイルルスに近縁という説を唱えていました。現在、DNA鑑定によってベンガルヤマネコに近縁とされているのですが、自分としては今泉説のほうが説得力があると思うのです。この本を読むと、今泉博士の研究が長年の分類作業に裏打ちされたもので、決して酔狂ではないことがよくわかります。

このネコをベンガルヤマネコ属と唱えたライハウゼン教授との論争も記されていました。この話は博士の著書にも詳しく書かれていますが、意外なことに、ライハウゼン教授は1994年の論文で、イリオモテヤマネコが頭骨の形からベンガルヤマネコよりも古いネコだとする今泉説を半ば認めていたそうです。大変興味深い話ですが、それ以後どうなったかわからないのが残念です。というのも、それ以後の分類にはDNA鑑定が持ち出されるようになってしまい、素人には漠然としたものになってしまったからです。果たしてDNAによる分類が確定的なものか、それとも今後も改善の余地があるのか、素人のぼくにはよくわかりませんが、今泉博士が関ってきたような伝統的な形質に基づく分類は決してないがしろにされるべきではないと考えされられました。

なお、Amazon.co.ukに注文したPeter Holden & Richard Porter共著のSpotter's Guide to Birds of Preyという本も今日、届きました。

2007年11月23日 (金)

「おっかさん」あらわる その2

今日でネオタの死後、まる1か月です。あっという間に経ってしまいました。そして2か月前にはピンピンしていて、つまみ喰いなどをしていたのに、時間の流れとは無情なものです。

さて、我が家では以前から、庭に出入りしている野良ネコの「くろちゃん」と「だいちゃん」に餌を与えています。最近、「だいちゃん」がいばっていて、「くろちゃん」を脅したりしているので、「くろちゃん」は落ち着いて満足に食事ができないようです。そのため、「くろちゃん」が食事をしている最中、母かぼくがそばについていてやり、ときには撫でてやったりもしています。野良ネコなのに、ここまで人間に依存するようになってしまいました。また、「くろちゃん」はどうも家の中に入りたいらしいです。寒くなってきたので、入れてやりたいのもやまやまなのですが、野良ネコだから出入りすることになります。可哀想だけれど仕方がありません。

さて、今日も2匹が家に2匹がやってきました。戸を開けたら、「だいちゃん」がいたので、餌を出してやったら、床下に「くろちゃん」がいるのが見えました。「だいちゃん」が怖くて、出てこられないようでした。そこで、双方に餌を与えたのですが、「だいちゃん」をちょっと脅かすことにして、塀の上に追い上げておきました。でも、「だいちゃん」は塀から降りてきて食事していました。しばらくして様子を見ると、「くろちゃん」はまだ食事中でしたが、「だいちゃん」は中途半端で食事をやめ、塀の上にいて、びくびくしているようでした。すると、屋根がミシミシいって、巨大なネコが下りてきました。「おっかさん」でした。「だいちゃん」は逃げていき、「おっかさん」が後を追いかけました。お陰で「くろちゃん」は安心して食事を終えることができました。敵の敵は味方、というわけです。「おっかさん」は飼いネコなので、餌がほしいわけではないようです。

2007年11月 5日 (月)

イリオモテヤマネコを追って

本日、北海道の古書店から今泉吉典著のイリオモテヤマネコを追ってが届きました。この本は前回紹介したイリオモテヤマネコの発見の続編で、やはり昔、図書館で読んだことがありますが、絶版だったので購入できず、臍を噛んでいたものです。Amazon.co.jpのマーケットプレイスに10,000円で出品されていたのですが、10,000円も出したら著者に失礼なくらいの本なので、「日本の古本屋」で検索したところ、1,700円のものがあり、即刻注文しました。

この本は、著者の今泉博士が息子の忠明さん(現ねこの博物館長)らとともに西表島で現地調査をしたときの記録で、これは平凡社の「イリオモテヤマネコ」と同じ内容ですが、低年齢層の読者にもわかりやすいように砕けた文体です。しかしながら、内容はかなり専門的かつ素人にも飲み込めるようなものです。一口で言うと、「イリオモテヤマネコはDNA鑑定の結果、ベンガルヤマネコに近縁ということがわかった」とあっさり言ってのけるような解説とは違い、なぜこのネコが化石ネコ類のメタイルルスに近縁なのか、説得力があります。

それで、この本を読んで思ったのですが、イリオモテヤマネコはサーベルタイガーの生き残りではないかという点です。メタイルルスとそれに近縁のディノフェリスがネコ亜科からマカイロドゥス亜科に移されたということもあるのですが、行動および解剖学的な特徴からそう思えるのです。

まず、イリオモテヤマネコはイエネコと比較すると、上半身が逞しく、下半身が貧弱だという点です。これはジャンプ力が弱く、大型の獲物を引きずり倒すのに適していて、サーベルタイガーと共通しています。今泉博士は、このネコはかつて、イノシシの幼獣など大型の獲物を主食にしており、猟のためにイノシシが減少し、代わりに鳥などを食べるようになったと考えています。次に、イエネコやベンガルヤマネコに比べて上顎の犬歯が長く、その後縁に刃がついており、短刀のような形をしている点が挙げられます。多くの現生ネコ類のように、獲物の頚椎に犬歯を差し込んで、脊髄を損傷させるというやり方ではなく、首筋に犬歯を突き立てて、グッと後ろに引き、頚動脈を切断して殺すわけです。これもサーベルタイガーと似ています。無論、イリオモテヤマネコがスミロドンやホモテリウムのようなサーベルタイガー類の進化の頂点に達したものの子孫だというわけではありません。サーベルタイガー類の初期の形に近いのではということです。たとえDNA鑑定でイリオモテヤマネコがベンガルヤマネコに近縁ということに落ち着いたとしても、この形質は紛れもない事実です。ぼくは、このネコを調べることによって、絶滅したサーベルタイガーについて何かヒントになるのではないかと考えています。

西表島には“オオヤマネコ”の伝説があります。地元の猟師の話によると、ウンピョウ大だということでした。しかしながらその毛皮と称するものを調べたところ、野性化したイエネコのものだったそうです。西表島にはウンピョウ大のネコが生息するには狭すぎるのです。ここからがぼくの妄想なのですが、もし、西表島が台湾くらいの面積に拡大したらどうなるでしょう。イリオモテヤマネコはイノシシの幼獣を捕食しますが、今の大きさでは成獣を倒すのは無理です。しかし、島の面積が広がり、体格が大型化してウンピョウかオオヤマネコくらいの大きさになったらイノシシの成獣を襲うようになるかもしれません。そして上半身はより逞しくなって獲物を引きずり倒すのに適し、上顎の犬歯が長大化して、イノシシの首筋を切断できるようになるでしょう。つまり、サーベルタイガーのような外観の猛獣に進化する可能性があるのです。もちろん、これはぼくの脳内のみに存在するものです。しかし、ネコ科マカイロドゥス亜科だけでなく、ニムラヴス科、有袋類のティラコスミルス、獣弓類のイノストランケヴィアなど、上顎の牙を長大化させた肉食動物は何度も進化してきました。イリオモテヤマネコはそのような可能性を秘めた存在という点で貴重なのです。

2007年10月31日 (水)

イリオモテヤマネコの発見

本日、都内の古書店から、Amazon.co.jpのマーケットプレイスで注文した今泉吉典著のイリオモテヤマネコの発見が届きました。この本は1979年に出版されたもので、昔、図書館で読んだことがありますが、絶版となっていたため長い間、縁がなく、ようやく入手できました。ネオタの死がきっかけとなって、勢いで購入したのは言うまでもありません。低年齢層の読者にも読めるように文体は平易ですが、内容はしっかりしています。動物の研究とはどういうものか、一般の読者にもわかりやすく書かれています。

著者の今泉博士は、イリオモテヤマネコに命名した人で、このネコが古代ネコ類の生き残りだと新属新種を主張したことで知られています。その当時、西ドイツのネコ科の権威であったライハウゼン教授は、本種がベンガルヤマネコに近縁だとして譲らず、意見が対立しました。そして現在ではDND鑑定によって、ベンガルヤマネコの亜種だということに落ち着いてしまったようです。だから、こちらのサイトのように酷評する人もいます。しかし、この本を読んでみた限りでは、今泉博士の主張のほうが筋が通っているように感じられます。ぼくはもちろん、素人ですから、素人なりの理屈しかわかりません。その素人にもわかりやすい解説なのです。一例を挙げると、多くの現生ネコ類(ベンガルヤマネコも含む)の歯は30本ですが、イリオモテヤマネコは28本という違いがあります。これをもってイリオモテヤマネコがベンガルヤマネコの亜種ではないことは素人にも明確です。一方、DNA鑑定と言いますが、どういう点で近縁なのか、具体的によくわかりません。それに、今の時点ではっきり確立された方法なのか疑問があります。現に鳥類の分類でもこれが使用されるようになりましたが、大混乱が生じ、まだまだ研究の余地があるようです。これに関しては、今現在の時点で結論は出ていないのではないかと思われます。

この本の続編にイリオモテヤマネコを追ってがあり、これも古書店に注文しました。こちらも昔、図書館で読んだことがあり、興味深い内容でした。家に配達されて読んだらまた記事にします。

2007年10月30日 (火)

新しい決意

ネオタの死後、1週間経ちました。この間、涙を流して泣くようなことはありませんでしたが、家の中にまだ、ネオタが息づいているような錯覚に捕らわれることが何度かありました。何しろ、20年という歳月はあまりにも長かったのです。

さて、この1週間、今までの生涯で何度かのネコブームが起こりそうな気配を感じました。ネコ関連の本がやたらと読みたくなったのです。そこで、部屋の中の積ん読の山の下から、レス・ライン著のオーデュボン・ソサエティ・ブックのワイルド・キャッツという分厚い本を引っ張り出して読みふけってしまいました。この本はネオタを拾う直前に購入しました。13,000円もする本です。高校の入学祝として親戚からもらった図書券を掻き集めて入手しました。この当時、今までの生涯で最大級のネコブーム(自分の中の)だったのです。きっかけは、中3のとき、学校の図書館で読んだ今泉吉典博士のイリオモテヤマネコの写真集と、その年の夏休みにNHKで再放送されていたアッテンボローの「地球に生きる」(原題Life on Earth)でチーターがヌーの幼獣を狩るシーンを見たことです。当時、これまた最大級の猛禽ブームだったわけですが、これと前後してネコ科にも凝りだしました。両者が好きな理由は、両者とも肉食だからです。そして高1になり、受験勉強から解放されたぼくは、平凡社の「動物大百科」の1巻(食肉目)、件の「イリオモテヤマネコ」、実吉達郎著の「サーベルタイガー」を立て続けに購入しました。ネオタを拾ったのはちょうどそんなときでした。最初にネオタの口をアーンと開けて、裂肉歯の存在を確認したくらいです。ネコを家で飼う、というのはありふれているかもしれませんが、ライオンやトラと同じ仲間の肉食獣が家にいる、というのは、ぼくにとってワクワク、ドキドキするようなすばらしいことだったのです。

ぼくがネコに対して抱いているロマンは2通りあります。一つは、現生の野生ネコ類の生態について、もう一つはサーベルタイガーなどの化石ネコ類の進化についてです。しかしながら当時はそういうものについて日本語の書籍でしか情報を集めるしかなく、限られていました。ぼくは今まで猛禽類とナポレオン戦争について洋書を漁ってきたわけですが、ネット時代以前ですから、そのようなものを扱っている店が頼りでした。猛禽本は日本野鳥の会のバードショップで、ナポレオン戦争本は渋谷にあったアルバンというミリタリーショップで入手していました。ところがネコについての洋書を扱っているところを知りませんでした。従って、図書館などで古い動物雑誌を読み漁ったあとは、自分の中のネコブームも下火になったわけです。その一方、ネオタは自分にとってかけがえのない弟になったわけですが。その後、ささやかながらネコブームはありました。化石哺乳類の翻訳本が出たりしたときです。また、大学卒業の直前にNHKで「群れる・離れるの動物学」を放送したとき、大学院はその関係に進学しようとも思いました。卒業後に116,800円はたいてサーベルタイガーの頭骨レプリカを購入したときもあります。しかし、「洋書漁り」ということはついにしなかったのです。

今、そのときがきたようです。実は、我がホームページに少し前まで、「その他の動物」という項目を設けていました。ネコとイルカを扱う予定だったのです。しかし、消去しました。これからネコについて調べてみて、独立したホームページを設立することを決意したのです。それをネオタの遺影に誓いました。何年先のことになるかは見当もつきませんが、必ず実行するつもりです。

余談ですが、今日、AbeBooksで注文したHenry Houssaye著の1815 Waterloo(1899年の第14版)がイギリスの古書店から届きました。

2007年10月24日 (水)

ネオタの葬儀

昨日午後3時20分、愛猫ネオタは息をひきとりました。死に目に立ち会うことはできたのですが、そのときの感情は、悲しいというよりも、早く楽になってほしいと願っていたようです。

心臓が停止したときは茫然としていましたが、その直後にかかりつけの動物病院に電話して、火葬場を紹介してもらいました。そこでその火葬場に電話し、翌日(つまり今日)にお願いすることになりました。そのときの自分の冷静さは、あとで考えると嫌になるくらいです。直後にネオタのところへ戻ると、死後硬直のため、カチンカチンになっていました。

下の妹から電話がかかってきたので、そのことを告げると、悲しそうではあったものの、落ち着いて返答していました。父が帰宅して話を聞いたとき、辛そうでした。

火葬場の人のアドヴァイスで、ネオタを入れる棺を用意しました。段ボール箱を探しましたが、ネオタは体長55cm、全長85cm、肩高30cmという巨体なので、適当な大きさのものがなかなか見つからず、かなり大きな箱になりました。箱の外側に布を貼り付け、座布団を敷いてネオタの遺体を安置しましたが、四肢が長すぎたため、体を斜めにしてやっと収まりました。尾は硬直していなかったので、なんとか入りました。ネオタは目を開き、口を開けたままで痛々しかったです。母がその日のうちに買ってきた花が浴室にありました。餌も添えることになりましたが、ネオタが普段食べていた療養食は好きではなく、本当は庭にやってくる野良ネコたちに与えているようなものが食べたかったということで、それをメインにしました。

夕食後、火葬場の人から電話がかかってきました。9時40分に迎えに来て、11時に予約をとった、ということでした。立会いも可ということなので、ぼくと母と上の妹が同行することになりました。

その晩、家族でささやかな通夜をすることにしました。最初はコーヒーを飲みながら、と考えていましたが、ぼくは連日の徹夜でぶっ倒れそうだったので、ビールとワインを開け、チーズなどをつまみながら、となりました。ネオタの棺は食堂に安置してありました。ネオタは宴会が好きだったので、宴会で見送ってやろうというわけです。上の妹は職場で飲み会ということで、参加しませんでした。

ぼくは夜中の1時ごろまで起きていました。ネオタの体を撫でると、体は冷たくなっていたものの、毛づやは良く、生きているようでした。足の裏はまだ柔らかく、肉球を押すと爪が出入りするのがわかりました。ネオタが元気なころ、そうやってよく遊んだものです。これで最後かと思うと、急に悲しくなりました。ネオタは左手の肉球にマジックで塗ったような黒い模様があり、右の上の犬歯が欠けており、背中は黒かったのですが、左側に背に白い筋が入っていました。それを確認すると、ぼくは眠りました。

そして今日、朝6時ごろに一端起きました。ネオタの棺は花で飾られていました。その後、9時半まで寝ていました。朝食もそこそこに、9時40分ごろ、火葬場の車(普通のマイクロバス)がやってきました。妹は二日酔いで気分が悪いということで、ぼくと母だけが同行することになりました。でも、ネオタに最後の別れをする妹は悲しそうでした。

火葬場の人はなかなかいい人で、いろいろな話をしてくれました。1時間ほどして、火葬場に到着しました。まず、建物の敷地にはいりました。大きなゴールデンレトリバーが飼われていて、それを見てなんとなく悲しくなりました。それから座敷に案内され、お茶を御馳走になりました。他にも二組の家族がきていて、皆、すすり泣きをしているようでした。

11時10分に最後の別れをしました。ネオタの遺体を花で飾り、口の近くに餌を置き、焼香しました。待っている間、ゴールデンレトリバーの「ボンちゃん」を撫でたり、先ほど座敷に居合わせた別の家族と話をしたり、納骨堂を見たりしました。ネコやイヌが多かったのですが、ウサギやフェレットや鳥も安置されていました。大きな水槽があり、ネオンテトラ、ラスボラ、ソードテールなどが入っていました。12時10分にネオタの遺骨を拾って骨壷に収めました。ネオタは体格が大きかったので、ネコ用としては大きな骨壷が必要となりました。

家に帰ると、妹と祖母が出迎えてくれました。妹は泣きそうな顔をしていました。郵便受けにAbeBooksで注文したIan Newton著のPopulation Ecology of Raptorsが届いていましたが、すぐには読む気になれませんでした。ネオタの遺骨は食堂に安置しました。櫛、水を飲ませるのに使用した注射器、鶏肉の缶詰、花、水などを備えました。

[追記]この文章も、書きかけのままにしておきました。昨日、ネオタを看病していたら、元気になったという夢を見ました。目が覚めて、ぼくがいかにガックリきたかは御想像にお任せします。このような夢をこれからも見続けるのだと思います。 (11月9日 記)

2007年10月23日 (火)

ネオタ大往生

本日午後3時20分、我が愛猫のネオタは20年4か月の生涯を終えました。ぼくにとって弟のような存在だったため、現在、放心状態です。

10月13日(土):この日ネオタはいつもより元気がありませんでした。いつもは家族で食事をしているときは、自分も参加するのですが、この日は椅子の上で寝ていました。でも、浴室で水を飲んだり、椅子の上によじ登る力はありました。下顎の部分が黄色くなっているのが気になった程度です。

10月14日(日):この日も元気がなく、椅子の上でじっとしていました。一度、椅子から降りて食事して水を飲み、その後、自力で椅子の上によじ登りました。

10月15日(月):午後3時、母と一緒にネオタをかかりつけの動物病院へつれて行きました。ネオタはつれて行かれる間も、待合室でも、診察台でも怒って鳴いていました。獣医師は即座に黄疸が出ているとして、血液検査の結果、肝臓が悪いと診断しました。ネオタは帰宅すると「王様の椅子」と呼んでいる肘掛け椅子によじ登り、そこで横になりました。

10月16日(火):この日の午前中、ぼくは自分の病気のため、病院へ行っていました。午前9時、母が動物病院へ行って、獣医師の処方した薬を受け取ってきました。そこで母と2人で協力してネオタに薬を飲ませましたが、吐き出してしまいました。この日、Amazon.co.ukに注文したYoung WinstonのDVDが届きましたが、騎兵突撃のシーンだけしか見ませんでした。また、下の妹が甥っ子(生後5か月)をつれて帰省しました。ネオタは好奇心からか、甥っ子を見に行きました。

10月17日(水):この日から毎晩、ぼくが徹夜してネオタの看病にあたりました。ネオタは椅子から立ち上がろうとするのですが、足腰が弱っていて転倒する恐れがあったためです。この晩は4回ほど水を飲みに行きました。午前9時、母と上の妹がネオタを病院へつれて行き、水分と栄養補給の注射をしました。ネオタはやはり怒っていたそうです。獣医師は死についての話をしていたというので、もう先が長くないことがわかっていたようです。帰宅したあと、ネオタはずっと渡り廊下で陽光を浴びて横になっていました。この日、AbeBooksで8月に注文したLord Chalfont篇のWaterlooが届きましたが、ほとんど目を通しませんでした。

10月18日(木):この晩もぼくが徹夜で看病しました。このときは水を飲みませんでした。午前中に動物病院へ行き、水を飲ませるための注射器を買いました(使い捨て用のもので1本¥26)。ネオタには水を飲ませましたが、吐いてしまいました。しかし、放っておくわけにはいかないので、少量ずつ飲ませました。

10月19日(金):やはり徹夜して水を飲ませました。順調に飲んでくれました。午前中、動物病院に電話して栄養剤がないかと問い合わせたところ、ペースト状のものがあるというので、午後に行って購入しました。フェロビタⅡというもので、ネコに必要な栄養すべて含んでいるとのことでした。水でといて注射器で飲ませました。

10月20日(土):ネオタはフェロビタⅡを順調に飲んでいました。少し元気になり、上半身を起こそうとしたりもしました。10時間おきに排尿しました。甥っ子が気になるらしく、下半身を支えられながら見に行ったりしました。牛肉の缶詰も口にしました。

10月21日(日):栄養剤の他、牛肉の缶詰や卵黄、生クリームも口にしました。小さな声ですが、鳴くようになりました。甥っ子を見に行ったりもしました。

10月22日(月):栄養剤の他、牛肉の缶詰、鶏肉の缶詰のエキス(鶏肉自体は繊維が多いので食べない)を口にしました。鳴いたり、起き上がろうとしたりもしました。やはり甥っ子を見に行きました。

10月23日(火):夜中に妹2人が話していると、上半身をもたげたりしましたが、その後、昏睡状態になり、水を飲ませようとしても飲みませんでした。その状態がずっと続きました。午前9時に下の妹は甥っ子をつれて帰りました。ぼく自身は連日の徹夜で不眠状態だったので、午後2時半にいきつけのスポーツジムで生ビールをジョッキで2杯、あおりました。帰宅してまもなく、2時50分にネオタは胃の内容物を吐き出して痙攣し、3時20分にぼくと上の妹と母と祖母に見守られて息を引き取りました。

最期はあまりにもあっけなかったです。現在、放心状態というより、徹夜続きでふらふらですが、一段落したあとに悲しみがこみ上げてくるのではないかと思います。高1のときにネオタを公園で拾って20年、自分の人生の半分以上つきあった弟のような存在でした。

[追記]上記の文章は書き上げてしばらく、公開する気になれず、下書き状態にしていました。しかし、カラカラさんのコメントを読んで、公開することにしました。結局、涙を流すことはなかったのですが(過去にペットが死んで泣いたことはたくさんあります)、思うにネオタを看病しているときに心の中で泣いたのだと思います。それから、お見舞い品を送ってくださったシェヘラザードさん、本当にありがとうございました。 (11月2日・記)

2007年8月29日 (水)

祝! ネオタ20年

今日は愛猫ネオタの20周年記念です。誕生日ではなく、ネオタを拾ったのが20年前の今日なのです。ネオタの誕生日は正確にはわからないので、6月26日ということにしているのですが、拾った日ははっきりしているので、20周年を家族で祝うことにしました。ビールを飲んで祝ったのですが、ネオタも鶏肉をもらって嬉しそうでした。やつは宴会が好きなので。

ネオタを拾ったのは1987年8月29日、当時ぼくは高1でした。夏休みも終わりに近づいたこの日、友人とプールに行き、その帰り、近所の公園でブランコに座って話をしていました。すると、近くでネコの声がします。どこにいるのだろうと思っていると、アスレチック式の滑り台の下から子ネコが出てきました。滑り台の下を調べてみると、ボロ布の入ったバスケットがありました。捨てネコであることは確かでした。

そのときわかっていたのは、このまま放っておくわけにはいかないということでした。しかし、当時のぼくの住まいはアパートでした。ネコは飼えないと思っていました。けれども何とかしなければなりません。里親を見つけるまで、家で預かることはできると思いました。そこで子ネコを家に連れて帰りました。まだ、片手に乗るほどの大きさでした。

それから、ネコの飼い方についての情報を集めました。その結果、アパートでも買うことができると知りました。それに、ネオタはすっかり馴染んでしまい、手放すことができなくなっていました。こうしてネオタは家族の一員となりました。

それから20年、ネオタはまだ元気で暮らしています。年をとればとるほど賢くなっているようです。これまで、獣医の世話になったのは数えるほどで、特に健康上問題はありません。元気で長生きして欲しいものです。

2007年7月20日 (金)

「おっかさん」あらわる

我が家の庭に出入りしている野良ネコは現在、「くろちゃん」と「だいちゃん」の2頭が常連です。「くろちゃん」は3年半前からやってきていて、今ではすっかりなつき、撫でてやったり抱き上げたりしても平気になりました。一方、「だいちゃん」は去年の夏から来るようになり、まだ警戒しているところもあります。そして、目を離すと「くろちゃん」を追い払って餌を横取りしたりするので、食事中は人間が見ていないと、「くろちゃん」は安心できないようです。

ところが、2か月ほど前、新顔のネコが現われました。そのとき、「だいちゃん」は塀の上にいたのですが、びくびくした様子で、逃げてしまいました。すると、大きな虎ネコがゆっくりと近づいてきました。飼いネコのようで、首輪をしていました。以前に来ていた「きじい」に似ていましたが、別のネコでした。腹が大きく、妊娠しているようでした。「だいちゃん」もたじたじのこのネコ、「おっかさん」と呼ぶことにしました。母は強し、なのです。

それ以来、「おっかさん」はときどきやってきましたが、家で食事しているせいか、餌を食べたりはしていませんでした。たぶん、家で出産したのだと思います。それでも貫禄があり、「だいちゃん」が小さく見えるくらいです。

「だいちゃん」も人から餌をねだることを覚えたようで、すぐ近くで腹ばいになったり、正座したりしているのですが、頭を撫でようとすると、ものすごくびっくりした顔で、飛びのきます。しかし、逃げてはいかず、餌を食べていきます。

ネコではないのですが、庭にはヒキガエルが住んでいて、「ひきちゃん」と呼んでいます。ときどき出てきて、ネコの餌にたかるアリやハエを食べています。ヒキガエルはネコに襲われることはないせいか、ネコを怖がったりはせず、一度など「だいちゃん」と並んでいて、おかしかったです。カメラがなかったので撮影できず、残念でした。

2007年6月26日 (火)

祝! ネオタ20歳

今日、ぼくの弟(といってもネコですが)のネオタが満20歳になりました。これについて詳しくは去年の今日、つまりやつが19歳になった記事を参照していただければおわかりと思いますが、やつは捨てネコだったため、正確な誕生日は不明で、6月26日ということにしてあるのです。

人間の年齢に換算すると、いったい何歳なのか(90代?)見当もつきません。体力的には衰えが目に見えてきていますが、ますます賢く(老獪に?)なったようなところもあります。例えば、去年になって初めて、「ワオー、ワオー」とわめくようになりました。これは餌がほしいときや、トイレを掃除してほしいときに、人を呼ぶのに使います。どうもやつは、大声でわめくと、誰かが駆けつけてきて何かしてくれる、ということを学習したようなのです。そういえば最近、やつがネコらしくニャーニャー鳴いているのを聞いていません。「ファオン」とか「ウワーン」という声を出しますが、これは人間に要求するときの声なのです。つまり、要求するときだけ声を出すのです。

また、やつは宴会が好きです。以前から、食事のときには自分も一人前に席に着いて、人間と並んで食事するのですが、このときは肉やバターなどをもらっています(ネコ用のドライフードは床の上でネコらしく食べています)。ところが最近、「食後の宴会」を楽しみにするようになりました。というのは、夕食後に家族でコーヒーなどを入れていると、やつもそれに参加したいと主張します。といっても、やつはコーヒーを飲むわけではなく、お菓子の生クリームなどをなめさせてもらって満足しています。家族とともに団欒を楽しみたいようです。なお、やつは一日の大半を寝て過ごしますが、「宴会」を寝過ごして、あとで気づくと、「フニャフニャフニャ」と文句を言います。年を経るごとに、いろいろな面が見えてきて面白いものです。

因みに、家の庭に出入りしている野良ネコの常連は、「くろちゃん」と「だいちゃん」の2頭ですが、相変わらず喧嘩をしています。「だいちゃん」は庭を独占したいらしく、「くろちゃん」が食事していると追い払おうとするので、「くろちゃん」の食事中はそばで見守ってやらなければなりません。今朝も、「くろちゃん」が餌を食べていると、「だいちゃん」が現われたので、「だいちゃん」にも餌をやって、見張っていました。写真を撮ってやろうと思ってカメラを向けたら、「だいちゃん」は食事をやめて、カメラの前できちんと正座して写っていました。

2007年4月 1日 (日)

ネコ騒動 その2

昨日の午後、またもやネコ騒動がありました。我が家によくやってくる野良ネコの「くろちゃん」が、木に登って降りられなくなったのです。

2月24日の「野良ネコ紳士録」で8頭のネコを紹介しましたが、その直後に「ななちゃん」が現れました。多分、オスで野良ネコです。ぼくは1度だけしか見ていないのですが、体が白くて、ところどころに黒い斑があります。「だいちゃん」と喧嘩をしていたようですが、勝てなかったらしく、すぐにいなくなりました。小鳥のような声で“さえずる”「ごろちゃん」も、「だいちゃん」と喧嘩をしていましたが、これも敗退したようです。そういうわけで、常連は「くろちゃん」と「だいちゃん」の2頭に落ち着きましたが、この両者は犬猿の仲なのです。

そして今日の午後ですが、家の庭で2頭が喧嘩をしていたらしく、「だいちゃん」の声がしました。どうも「くろちゃん」は「だいちゃん」に追われて隣の家の木に登って難を避けたようですが、降りられなくなってしまったようです。父と祖母(母方)が庭に出ていたので、ぼくも出てみました。「くろちゃん」は何度か木から飛び降りようとしていましたが、怖くて降りられないようでした。近づくと、人間に対して助けを求めるような声を出していました。野良ネコのくせにです! でも、何もしてやれませんでした。母が隣の家に電話をかけ、梯子をかけてやろうと相談したときになってやっと、「くろちゃん」は降りる、というか、落ちるようにして、地上に降りました。そこで、本日のネコ騒動は終わりました。我が家のネオタはその間、涼しい顔をしていました。

2007年2月24日 (土)

野良ネコ紳士録

我が家の飼いネコのネオタは室内飼いですが、家の庭には何匹かの野良ネコや放し飼いのネコが出入りしています。これらの個性溢れるネコたちを紹介します。

くろちゃん:最古参の野良ネコで、2003年の秋からやってきました。生ゴミを漁っていて、ひもじそうだったので、ネオタの食べ残したキャットフードを与えましたが、すぐに専用の餌を買う羽目になりました。メスです。「くろちゃん」という名前ですが、別に黒ネコではありません。黒毛の虎と白です。鼻のあたりが黒いので、当初は「はなくろちゃん」と呼んでいましたが、省略されて「くろちゃん」に落ち着きました。今ではすっかり顔なじみになり、餌がほしいというよりは、声をかけられたり、撫でてもらったりするのが目的のようです。家の中を覗き込んでいたり、キッチンに入ってきたりしたこともあります。びっくりするほど可愛い声を出します。

とらちゃん:くろちゃんと同時期に現れました。茶虎のオスで、青い首輪をしていたので、多分飼いネコです。2004年いっぱい、くろちゃんに恋をしていて、ラヴコールをしていましたが、振られてしまったようです。2005年の春に、喧嘩でやられたのか、頬の肉が削げていました。それ以降は来なくなりました。飼い主が青くなって、外出禁止になったのでしょう。本名は不明です。

まっくろちゃん:一番の個性派で、長毛種の黒です。これも飼いネコですが、本名は不明です。「くろちゃん」が定着したころに現れたので、そのまま「まっくろちゃん」になりました。「まっくろけ」とか「まっくっく」とも呼んでいます。オスで、やはりくろちゃんにラヴコールしていましたが、「ンガア、ンガア」というネコとも思えない声を出します(ネコのペルシア語でしょうか)。こちらはくろちゃんに受け入れられたようで、塀の上で仲良く並んでいたりしました。「まっくろちゃん」などと声をかけると、黄色い目を大きく見開いて、ぼくのほうをマジマジと見ていたりします。2004年には2月ごろに1度だけやってきました。そのときはまだ小さかったのですが、2005年にあらわれたときには、体も態度も大きくなっていました。この年と2006年の2月から7月にかけて傍若無人に出入りしていました。今年は見ていません。

しまちゃん:2005年に短期間だけやってきました。灰色の虎です。オスかメスかはわからず、野良ネコか飼いネコかもわかりません。おとなしい性格で、塀の上でくろちゃんと並んでいたりしました。あまり存在感はありませんでした。

かいちゃん:灰色で、飼いネコのようです。オスかメスかはわかりません。2005年にやってきたときはまだ子ネコで、くろちゃんにパンパン叩かれていて、懲りたのか、しばらくやってきませんでした。2006年に一度だけ来ました。大人になっていましたが、塀の上でびくびくしているようでした(そのとき、真上の屋根で、まっくろちゃんが大の字になって腹を舐めていました)。

だいちゃん:野良ネコで、多分オスです。茶虎と白で、尾が短くて曲がっています。2006年の夏から来ています。くろちゃんと相性が悪いのか、喧嘩ばかりしています。最初は乱暴者だと思ったのですが、ぼくに向かって目をシパシパしていたりして、可愛いところもあります。まっくろちゃんとも喧嘩をしていました。今では餌を食べに来ますが、最近、目がただれていたので、心配です。

きじい:こげ茶色の大きな虎です。オスかメスかはわかりません。首輪をしているので、多分飼いネコです。2006年の秋からやってきます。くろちゃんもだいちゃんも一目置いているようですが、喧嘩はしていないようです。当たり前のような顔をしてやってきて、餌を食べていますが、飼いネコなので、それほどガツガツしていません。

ごろちゃん:ごく最近になってやってきました。やはりこげ茶色の虎ですが、体は小さいです。野良ネコか飼いネコかはわかりませんが、オスだと思います。瞳が緑色で、ネコとも思えない小鳥のような声で鳴きます。一昨日、どういうわけか我が家に侵入し、ドタバタ走り回って出て行きましたが、そのときのネオタの怒りようといったらありませんでした。ついさっき、くろちゃんに与えた餌を食べようとしていたので、「ごろちゃん」と声をかけたら、ばつが悪そうな顔をしていましたが、結局食べたようです。

2007年1月 1日 (月)

ネコ騒動

あけましておめでとうございます。この2年間というもの、特に何をすることもなく、無為に過ごしてしまった感があるので、今年こそは実りのある年にしたいと思っています。

さて、我がホームページRAPTORNISなのですが、まる半年も放ったらかしになっています。現在、各種解説では「ノスリ・オウギワシ類」を、アッテンボローの番組紹介のページではThe Life of Birdsを予定しているのですが、どちらも滞っています。年末に冬コミケ用の小冊子の執筆に追われていたため、お留守になっています。まだ半分もいっていません。今月中に何とかしなければと肝に銘じています。

それでなのですが、正月早々に騒動がありました。我が愛猫ネオタが一時、行方不明になってしまったのです。ネオタは室内ネコです。以前、横浜に住んでいたときはアパート暮らしだったため、外に出せないので、家の中にいました。現在も同じです。交通事故が怖いし、家の庭には野良ネコや放し飼いのネコが何匹か出入りしているので、喧嘩してやられるかもしれないし、病気をうつされるかもしれません。家の中にいるのが安全です。

しかし、ネオタはときどき庭に出ることがあります。庭に生えている草を整腸剤として食べるためです。そのときは、誰かしら人間がそばについていてやります。ところが、やつは隙を見せるとすぐに縁の下へ潜り込もうとします。おまけに世間知らずときているので、他のネコと鉢合わせると、「お友達だ~」と言わんばかりに近づこうとします。

今日もうちの母はネオタを庭に出していたのですが、ちょっと目を放した隙にやつは縁の下に潜り込んでしまいました。そのため、一家総出でネコ騒動になってしまい、縁の下を挟んで探し回りました。一番危惧したのは、道路に出て自動車にはねられはしまいか、ということでした。幸い、自動車はほとんど通行していませんでした。しばらくして、猫が縁の下から出てきたのですが、ネオタではなく、我が家の庭に出入りしている野良ネコの「くろちゃん」でした。さらに待ち続けて、縁の下からネコの声がしました。ネオタの声でした。どうやら、心細くなったようで、やっと出てきました。顔が埃だらけで、頬に古いクモの巣がくっついていました。それで、一件落着しました。

あと半年で、ネオタは満20歳になります。元気でいてほしいものです。

2006年6月26日 (月)

祝! ネオタ19歳

本日、愛猫ネオタが19歳になりました。1987年の夏休みに我が家に来ました。当時、ぼくは高1だったので、今までの人生の半分以上、一緒に過ごしたことになります。ぼくにとって弟も同然です。

実は6月26日という誕生日なのですが、そういうことにしてあるのです。本当の誕生日は分かりません。というのは、捨てネコだったからです。8月29日に公園で偶然に見つけて家に連れ帰りました。最初は家で飼えるとは思っていませんでした。というのも当時はアパート住まいだったからです。誰かに引き取ってもらおうと思っていたのですが、結局は我が家の家族となりました。そして情が移って手放せなくなりました。家に来て1ヶ月経ったころ、獣医に診せたところ、生後3ヶ月だと言われたので、6月26日生まれということにしました。

ネオタはすぐに大きくなりました。満1歳のころは、体長55センチ、体重7キロという巨体に成長しました。家の中で飼っていたので(外に出すと病気や交通事故がこわかったので)、家族に対しては甘え放題でしたが、ぼくのことは喧嘩相手とみなしていたので、ぼくの手はいつも咬み傷や引っかき傷が絶えませんでした。浪人時代は本当に心の支えでした。大学時代は北海道で1人暮らしをしていたので、帰省するのが待ち遠しくてたまりませんでした。

1996年3月、ネオタは腎臓の病気を患ったのですが、それ以外は病気らしい病気にはほとんど縁がありませんでした。そのとき以来、獣医の処方する療養食の世話になっていますが、肉や魚なども食べています。ただ、マグロなど赤身の魚は大好きなのに、アレルギーでもあるのか、吐いてしまいます。

1999年、大学を卒業したぼくは実家に戻りました。実家の方も東京に移りましたが、ネオタは引越しも無事でした。ネオタは14歳のとき、生まれて初めてネズミを見たのですが、すぐに狙いをつけて追いかけたものの、結局は捕りそこないました(以前、スズメを2羽、殺ったことがあります)。でも、それからしばらくはネズミも影をひそめていたようです。

今では老齢のため、動作も鈍くなりましたが、相変わらず元気です。食事の際は、自分も食卓についています。それが一番の楽しみのようです。元気で長生きしてほしいです。

最近のトラックバック

2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30