無料ブログはココログ

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月22日 (金)

ネコ騒動 その8

一昨日のことですが、仕事のあと、バイト仲間と御茶ノ水で飲んでいました。そのため、家に帰ったときには日付が昨日になっていました。両親は外泊しており、先に帰宅した妹が愛猫チビタと家にいるはずでした。

ところが、ぼくが帰ったとき、妹が浮かぬ顔をしていました。何でも、午後9時に帰宅したとき、戸を開けるとチビタが脱走したそうです。しばらく庭にいたようですが、今はどこにいるのかわからないと言っていました。

そこで、ぼくが0時30分ごろ、庭に出ると、チビタがいました。捕まえようとしたのですが、やつは道路を横切ってしまいました。こんなとき心配なのは、交通事故です。やつは室内飼いなので、車をうまく避けられないかもしれません。果たして車が来ました。ぼくはひやりとしましたが、チビタは涼しい顔をしていました。そして、向い側の家の庭に入ってしまいました。こうなると、手出しはできません。ぼくは家の中に戻りました。

1時間後の午前1時半、再び庭に出ると、またチビタがいました。ぼくは普段やつをあやすのに使っている玩具で誘おうとしました。チビタはつられてぼくの前まで来ましたが、捕まえようとすると床下に逃げ込みました。2度、しくじったあと、3度目にようやく捕まえました。そして妹に無事捕まえたことを伝えました。

そして今日、バイトが休みだったので、午前中はずっと寝ていました。その間、チビタがまた騒動をやってくれました。2階の窓から電柱に飛びついたのです。爪が立てられずに、地面までずり落ちたのですが、怪我などはしませんでした。ぼくが起床したときには、騒動は終了していました。

ぼくも子どものころ、外で遊んでいて、ひやりとしたことがあります。近所の川に魚を捕りに行って流されたり、自転車から落車したりです。そういう経験が人間性を養うのに必要なのでしょう。

2009年5月14日 (木)

男の友情 その2

昨晩は眠れませんでした。お陰で今日は体が疲れているものの、神経が冴えていて、何かやろうとしてもできない状況でした。ただ、今日はバイトが入っていなかったので、寝ていないで疲れていても、特に問題はないはずでした。そこで、1日中、ベッドの上で横になっていました。

そしたら、午後7時半にバイト仲間から突然、電話がありました。お腹をこわしているので、代わってくれというのです。もちろん、OKです。1日くらい、寝ていないからといって、ぶっ倒れる恐れはないでしょう。そこで、夕食を摂るために階下に降りました。10分で食事を終え、7時40分に家を出るつもりでした。

食卓で夕食を食べていたのはぼく1人でした。他の家族はもっと遅い時間に食べるはずです。ところが、食べている最中、愛猫チビタがリヴィングを突っ切り、浴室へと向かいました。しばらくすると、母と妹が浴室で何か言っていました。どうも、チビタは浴室の網戸越しに「ひよ弟」と語りあっていたそうです。ぼくが食事を終えて、浴室を見たときも、「ひよ弟」の姿は見えませんでしたが、チビタは網戸にべったりくっついていました。ともあれ、ぼくは出勤しなければならないので、7時40分に家を出ました。

家族の話によると、チビタは今でも「ひよ弟」らと網戸越しに交歓しているようです。やつは室内飼いしているため、野良ネコたちと普段、接していないので、仮に脱走して庭に出たとしても、KY的な行為をしてしまうため、野良ネコ社会からつまはじきにあってしまい、「ひよ弟」との“男の友情”も終わったかと思っていたのですが、そうでもないようです。それどころか、「ひよひよ一味」はかつての「くろちゃん」のように、我が家の人間に近づき始めているそうです。彼らの社会は流動的で、今後どうなるかよくわかりません。

そういえば、今日は去年、「ひよひよ兄弟」が母親に連れられて我が家の庭に出現してからちょうど1年です。「ひよ兄」のほうは行方不明となり、どこでどうしているのかわかりませんが、「ひよ弟」のほうは随分逞しく成長したものです。

2009年5月11日 (月)

ふいになった招待状

現在の仕事を始めてからずっとそうですが、昼夜ひっくり返った生活をしています。夜間は一晩中、起きていて、雑用をしています。ここのところ、HPに載せる文章を書いています。ただ、疲れているせいか、なかなか纏まりません。毎晩、少しずつ作成しています。明け方になってから就寝し、午前中は寝ています。午後になってから起床して食事などをし、夕方から出勤し、深夜に帰宅するという生活リズムです。

今日も深夜にHP作りをしており、午前5時ごろにベッドに入りました。別に眠くはなかったのですが、仕事があるので、休息しておく必要があります。眠くないからといって、勢いに任せて起きていて、そのまま出勤したら、帰宅するときにはボロボロになっていたことがありますので。

そのとき、また夢を見ました。ここのところ、睡眠剤を飲まなくても普通に眠れるので、よく夢を見ます。以前は睡眠剤なしには眠れなかったのですが、夢を見ませんでした。たまに薬を飲まずに寝てしまうと、とんでもない悪夢を見てうなされたものです。最近ではそのようなことはほとんどなくなりました。

今回の夢は、なぜか来年の2010年6月、ベルギーのブリュッセルのホテルに滞在しているという設定になっていました。光栄なことに、6月18日のワーテルロー195年祭で、地元の観光局からなぜかぼくがゲストとして招待されたということになっていました。そして当日、いよいよホテルから古戦場へ向かうという段になって、なかなか足が向かわずに時間がどんどん過ぎてゆき、やっと辿り着いたときには、イヴェントは終了しており、せっかくいただいた招待状がふいになってしまった、というものでした。こういうパターンは夢の中で頻繁に起こります。

そこで、仕方がないので、ブリュッセル市内の郵便局に向かいました。ホテルのエレヴェイターの前で、なぜか高3のときの同級生2名と出くわしました。そして、郵便局では窓口の職員に英語で質問をしていました。日本へ手紙を出したいので、料金はいくらか質問したのです。ところで窓口にいた年配の女性は、ぼくの質問にはろくに答えずに、自分のことについて長口舌をぶっていました。そして、「わたしはイスラエルの生まれなんですけどねぇ」などと言い出す始末です。結局、手紙は出しませんでした。

その後はブリュッセル市内を歩きながら、学生時代の1996年に泊まったホテルのあたりに行っていました。ところが、これも夢の中ではよくあることですが、当時、ぼくは8月末のテスト前と後に2回も行ったことになっていたのです。現実にはそこまでお金はないし、暇もなかったのです。

ともあれ、この夢を見て、また古戦場へ行きたくなりました。地元の観光局から招待されるなどということはまずないと思いますが。

2009年5月10日 (日)

ふやけた煮干しの処理法

5月4日の記事で、愛猫チビタのいたずらで、クリルの缶に穴が開き、中身が湿気てピラニアが食べず、庭にばら撒いて、野良ネコたちの胃袋に収まったと書きました。その後、8日に行きつけの熱帯魚店で、新しいクリルの缶を購入しました。

ぼくが店に入ったとき、30~40代くらいの男性客が来ていました。身長は中くらいで、がっちりした体格の人でした。浅黒くて、精悍な顔つきでした。その人は、頭がパンチパーマで、鳳凰だか何だかわかりませんが、派手な色の鳥をデザインしたシャツを着ていました。そのスジの人っぽかったです。かといって、横暴な感じではなく、店主に対しても丁寧に接していました。店主も、いつもの他の客に対するのと同じように応対していました。

その人は、店主にいろいろ質問していました。店にいる12700円の淡水エイ(モトロ?)が欲しいようですが、自分の飼っているアロワナやナマズと同居させて問題がないかと聞いていました。淡水エイは尾に毒針を持っているため、他の魚に危害を加えないか、気にしていたようです。店主は、淡水エイは小魚は捕食するが、同程度の魚には危害を加えず、むしろ被害者になることが多いと説明していました。客は、ナマズ類、例えばクラウンローチ(正確にはドジョウ類ですが)と同居させても大丈夫か、と言っていました。あまり魚のことについて詳しくないようです。店主は、エイがつつかれて弱る恐れがある、と言っていました。

その客が長々と質問しているので、ぼくは待ち切れず、クリルの缶をレジに出し、代金の800円を添えました。店主は代金を受け取り、クリルをビニール袋に入れてくれました。件の客は遮られた形になりましたが、何も言いませんでした。そのスジの人かどうかはわかりませんが、先ほどの応対からして、横暴な人ではなかったようです。

さて、帰宅したものの、ピラニアにはクリルをすぐに与えずに、他の餌を与えてみることにしました。といっても、生きた金魚やメダカを食べさせるわけにはいかないので、煮干しをやってみました。しかしながら、数日間、食事しなかったものの、ピラニアは煮干しには反応しませんでした。

そして2日経った今日、煮干しはそのまま水槽の底に沈んでいました。まだ腐ってはいなかったものの、ピラニアが食べない以上、取り出すしかありませんでした。水槽に網を入れると、ピラニアはいつもの通り、パニックになって逃げ惑っていました。ガラスに鼻面をぶつけたりしたものの、煮干しは取り出しました。

その煮干しは、庭に放っておきました。しばらくすると、野良ネコたちが集まってきました。「ひよ弟」と茶虎が2頭の計3頭です。やつらは捨てられた煮干しが気になるようでした。まず、茶虎の1頭がにおいを嗅いでいました。続いて、「ひよ弟」が交代しました。しかし、食べませんでした。

その煮干しは、アリか何かの餌になるか、腐って雨水に溶けて流され、地中に染み込んで微生物の栄養になるか、いずれかの方法で処理されることでしょう。

2009年5月 8日 (金)

祝! アッテンボローさん83歳

今日はデイヴィッド・アッテンボローの83歳の誕生日です。3年前にこのブログを立ち上げたときから、毎年、祝福してきました。

去年、アッテンボローさんは爬虫類と両生類の番組であるLife in Cold Bloodを完成させたあと、チャールズ・ダーウィンの番組製作に取り掛かりました。今年はダーウィン生誕200周年で、その著書「種の起源」出版150周年にあたる年なので、それを目標とされたようです。そして、その番組は完成しました。

Charles Darwin and the Tree of Life

Amazon.co.ukでも既に販売されています。

他にも、以下の2シリーズが購入可能です。

David Attenborough's Life on Land

Nature's Great Events

ところでこちらによると、アッテンボローさんはLife in Cold Bloodを完成させたあと、インタヴューにて主要なシリーズは終了したと答えたそうですが、魚類および水生無脊椎動物の番組が残っているではありませんか。ぼくとしては、The Life of FishesおよびLife in the Underwaterという番組を作ってほしいところです。さすがにアッテンボローさんも80代だから、昔のようにアクアラングを装着して、海底で解説というのは無理かもしれませんが、ぼくが期待したいのは、彼の脚本です。彼が担当した番組の脚本は、ナレーションをしているだけの番組とは一味違う内容です。これはぼくがアッテンボロー歴24年だからこそ言えます。

こうなったら、英語で企画書を作成し、BBC宛てにダメもとで送ってみようかと思っています。ただ単に「作ってほしい」と主張するのではなく、アッテンボローさんのみならず、BBCのスタッフを納得させるべく、構想を練ってみるつもりです。

2009年5月 7日 (木)

Waterloo: Recits de combattants

本日、Le Livre Chez Vousで注文していたWaterloo: Recits de combattantsが届きました。本体26.07ユーロ+送料5.50ユーロ=合計31.57ユーロでした。Amazon.frでも扱われていましたが、マーケットプレイスで出品されているだけだったので、Le Livre Chez Vousで検索したら、入手できました。

この本は、1999年にFabrice Teissedreが編集したもので、ワーテルロー戦役の一次資料集です。ペーパーバックの150ページと薄い本ですが、内容は濃いと言えるでしょう。以下のものを含んでいます。

Recit inedit d'un combattnt(de Brack将軍の1901年出版のCarnet de la Sabretacheより)

Relation de la campagne de 1815, dite de Waterloo(Heymes大佐)

Rapport de la 2e division sur les batailles des Quatre-bras et de Waterloo(H. de Perponcher中将)

Relation Historique de la 2e division aux batailles des Quatre-bras et de Waterloo(van Zuylen van Nyevelt大佐)

Relation des evenements qui se sont produits a la 3e division de l'armee royale neerlandaise durant les journees des 15, 16, 17 et 18 juin 1815, et jusque dans la matinee du 19(C. van Delen中佐)

Rapport sur les positions topographiques et les marches de la 1ere brigade de la 3e division durant les journees des 16, 17 et 18 juin 1815(Detmers大佐)

Relation des evenements qui se sont passes a la brigade de grosse cavalerie durant la bataille du 18 juin 1815 et jusqu'aux 19 et 20 1815(A.-D. Trip少将)

Relation de la part qu'a prise la cavalerie neerlandaise sous mes ordees a la bataille de Waterloo, le 18 juin 1815(A.-D. Trip中将)

Rapport de lieutenant general comte de Bulow de Dennewitz sur la bataille de la Belle-Alliance(Ⅳe corps9)

Journal historique des operations et des mouvements du second corps de l'armee royale des Pays-Bas, depuis le commencement de la campagne jusqu'au 24 juin, et du 1er corps depuis le 25 juin jusqu'au 30 juillet inclusivement de L'an 1815

Operations du premier corps de l'armee royale des Pays-Bas, depuis le 24 juin jusqu'au 31 juillet, jour du depart de l'etat-major pour joindre le 2e corps

フランス軍、ネーデルラント軍、プロイセン軍のものがありますが、いずれもフランス語です。

de Brack将軍(当時は大佐)の文章を読んでみたところ、以下のような記述がありました。

L'aigle fut reprise et rendue au regiment d'infanterie par un marechal des logis du 4e lanciers.

イギリス軍のポンソンビー騎兵旅団に奪取されたフランス軍の歩兵連隊の鷲章旗を第4槍騎兵連隊の軍曹が奪還したというものです。この軍曹の名前と歩兵連隊の番号が書かれていませんでした。

2009年5月 4日 (月)

湿気たクリルの処理法

数日前のことですが、我が家のブラックピラニアの餌としているクリルの缶の蓋に、針で刺したような穴が開いていました。犯人は今月で生後1年になる愛猫チビタであることは明白でした。ガムテープで塞いだものの、クリルは既に湿気ており、ピラニアに与えても食べませんでした。

クリルとはナンキョクオキアミを冷凍乾燥させたもので、1980年ごろから熱帯魚の餌として市販されています。特に肉食魚を飼育する上では必要不可欠です。ぼくも中1のときにデンキナマズを飼育して以来、重宝しています。その後も、アロワナ、ガーパイク、ポリプテルス、他の大型ナマズなど、いろいろな大型肉食魚に与えてきました。現在は、ピラニアの餌にしています。

クリルは熱帯魚の餌としては、乾燥餌というカテゴリーに分類されます。生き餌と人工餌の中間的なものです。生きているオキアミをそのまま乾燥させたものだからです。したがって、これが湿気てピラニアの餌として使えないのであれば、オキアミの生命を無駄にしてしまうことになります。

ナンキョクオキアミは地球上の生物の中で最大のバイオマスを誇ると言われています。何しろ南氷洋にて、髭クジラを始めとする海獣類や、ペンギンその他の海鳥類、魚や他の無脊椎動物を養っているわけですから。特にカニクイアザラシ(名前に反してカニは食べない)とナンキョクオットセイはオキアミのみを食物としているくらいです。また、地球上で最大の動物であるシロナガスクジラの主食であることからも、いかに豊富であるかがわかります。

ぼくがピラニアに与えるために購入しているクリルの缶に入っているのはせいぜい数十匹、シロナガスクジラが1日に4000万匹のオキアミを食べているのに比べたら微々たるものです。しかし、命は命です。ピラニアが食べないというのであれば、いかに無駄なく処理するかということになります。

まず、ゴミ箱に捨てるのはNGです。燃えるゴミとして処理してしまえば、無駄になってしまいます。そこで、土中に埋めようかと思いました。そうすれば、土壌微生物に分解されて、植物の肥料となります。しかしながら、他の動物に直接食べてもらったほうが浮かばれると思い、庭にばら撒いておきました。アリなどが食料として運び去るだろうと思ったわけです。

ところが、集まってきたのは野良ネコたちでした。「ひよひよ一味」に属する茶虎が3頭もやってきて、あっという間に平らげてしまいました(「ひよ弟」自身は食べず、近くで見守っていました)。ちょっと意外でしたが、他の動物の血肉になった分、浮かばれるかもしれません。

それにしても、チビタのいたずらが、庭に出入りしている「お友達」に恩恵を施すことになってしまいました。

2009年5月 3日 (日)

ネコ騒動 その7

ゴールデンウィークに入りましたが、暇を持て余しています。フランス語学校が休みなので、授業もバイトもありません。また、お金がないので、遊んだりどこかに旅行する余裕もありません。というか、9~10月のRRFのスコットランド大会を申し込んでしまったので、どうやって旅費や宿泊費を工面するか、という問題に直面しています。

今日もやることがなかったので、夜中にHP作成などの雑用をしており、明け方前に眠りました。ここのところ、仕事の時間帯のせいで、明け方から正午まで寝ているという生活パターンです。休日も同様です。

この間、夢を見ていました。あまりはっきりと内容を覚えていないのですが、愛猫チビタの夢でした。チビタは今月で満1歳になるのですが、夢の中ではなぜか、10歳になっており、先代のネオタが20歳まで生きたので、人生ならぬ猫生も半分来てしまったか、と思っていたら、目が覚めてそうでないことがわかりました。

目が覚めたのは正午で、遅い朝食を摂ろうとしていたら、台所の裏口が開いていました。母によると、またチビタが脱走して、「ひよひよ一味」とつるんでいたということでした。毎度のことなので、ぼくもさすがに慌てませんでした。そのうち戻ってくるだろうと踏んでしました。

それで、居間で朝食を食べようとしていたら、母が、チビタが玄関先にいるということなので、玄関の戸を開けたところ、果たしていました。そこで、母と協力して挟みうちにしようとしましたが、巧みに翻弄されて、結局は中庭のほうへ逃げてしまいました。

その後、母はチビタを捕まえました。庭の隅でへたり込んでいたので、簡単だったということでした。

母の話によると、チビタは午前6時ごろ、父の不注意で脱走したそうです。母はそのことで父を責めていたそうですが、父は都合があって外出しました。そういうわけで、チビタの逃避行はまる6時間にも及びました。その間、ぼくはずっと寝ていたわけです。

チビタは塀の上にいたので、母が捕まえようとしていたら、反対側の塀の上に「ひよ弟」がいたそうです。「ひよ弟」はわざわざチビタを誘ったため、そのときは捕まえ損ねたということでした。

「ひよひよ一味」はいまでも窓越しにチビタと見つめあったりしているので、彼らの絆はいまでも続いているようです。ネコ社会の仕組みも複雑なようです。

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

最近のトラックバック

2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30