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2008年11月22日 (土)

最古のアロワナ 新属新種

朝日新聞の今日の朝刊に、「最後のアロワナ 新属新種」という記事がありました。副題は「00年発見化石、1億3000万年前と判明 石川」でした。以下が記事内容です。

石川県白山市教育委員会は21日、同市白峰にある国の天然記念物「桑島化石壁」から00年に発見されたアロワナの化石が、約1億3千万年前(白亜紀前期)の新属新種の化石とわかったと発表した。アロワナ目の化石ではこれまで見つもったものより1500万~2千万年さかのぼり、世界最古となる。

同市教委によると、10㌢四方の岩に1個体分の骨やうろこ、歯など約40点が含まれていた。全長は推定15㌢。淡水魚のアロワナ目のなかでもうろこに水平な溝のある新属新種と判明した。化石調査団の藪本美孝北九州市立自然史・歴史博物館学芸員が「テトリイクチス・クワジマエンシス(桑島の手取魚)」と命名し、中生代魚類学会の国際学術誌に発表した。これまでブラジルで見つかった約1億1500万年前の「ラエリイクチス」などが最古のものとされていた。薮本学芸員は「南米ブラジルとされてきたアロワナの起源が東アジアになる可能性がある」と話している。

化石は白山市立鶴来博物館(同市鶴来朝日町 076・273・1522)で22~30日に特別公開される。

この記事には、「テトリイクチス・クワジマエンシスの復元図」および「テトリイクチス・クワジマエンシスの化石」の写真(いずれも石川県白山市教育委員会提供)が載っていましたが、アロワナらしくない、ニシンのような外見でした。古代魚と呼ばれる魚には、アロワナなどのオステオグロッスム目の他、肺魚類、チョウザメ類、ポリプテルス類、アミアやガーパイク類などがいます。彼らはいかにも生きた化石のようなグロテスクな外観をしていますが、祖先の化石はむしろニシンのような“普通の魚”に似ているものが多いようです。彼らは古代の形質を現代に伝えているというよりは、進化の袋小路にはまってしまったようです。

ついでながら、「テトリイクチス・クワジマエンシス」というカタカナ書きは何とかならないでしょうか。学名はアルファベットで表記してほしいものです。

2008年11月21日 (金)

チビタ3250g

今日は愛猫チビタを1か月半ぶりに動物診療所へ連れてゆきました。のどの皮膚の状態を診てもらうためと、去勢手術の申し込みも兼ねてです。チビタはバッグに入れるときにものすごく暴れて抵抗し、母と二人がかりで押さえて何とか収容しました。外に出てもしばらくはバッグの中で暴れていましたが、途中からおとなしくなりました。

診療所には先客がいなかったので、すぐに診察となりました(その前に、介助犬募金箱に110円投入しました)。まず、体重を計測すると3250gになっていました。我が家の庭に出現したときの3倍近く成長したわけです。のどの皮膚病は順調に快復しており、全快は時間の問題だろうということでした。

そこで、そろそろ去勢を考えているのだが、と言ったのですが、早くも発情して変な声で鳴いたりはしていないかと訊かれました。そのようなことはなかったのですが、一度マーキングの癖がついてからでは遅いそうなので、来月12日に手術を申し込みました。当日は絶食させ、昼に預けて、夕方には終わるということでした。

去勢したら巨大化することはないだろうかと訊いてみました。ネオタも去勢したのですが、その後はすごいスピードで成長し、7kgにもなりました。去勢したせいだと思っていたのですが、本来の素質だったようです。ただ、手術後は太る傾向があるそうです。

他にもチビタは我が家では元気が良すぎます。人間の足をよじ登ったり、障子を破ったりします。これは健康の証でしょう。また、台所の流しや洗面所で排尿したことがあります。叱りつけたところ、悪いことだとわかったようですが、今度は人間をからかっているのか、排尿するふりをして、見つかるとサッと逃げていったりもします。獣医師は、近くにトイレを移したらいいのではないかと言っていました。

診察が終わって、バッグに入れるときにはおとなしくしていました。家に帰れると思っていたようです。

2008年11月19日 (水)

炭素繊維マット

我が家の熱帯魚4匹は現在、60cm水槽に入っています。セパレーターで仕切り、4分の1にピラニアが、残りの4分の3にアノストムス、プロキロドゥス、ピンクテールカラシンが収まっています。

水槽の水が透明だといいのですが、少し前に植物プランクトンが発生し、グリーンウォーターと化しました。これでは魚を鑑賞することができません。そこで、マメに水換えしました。一度に4分の3ほど交換し、ほぼ毎日続けました。しかしながら水は透明にならず、白濁してしまいました。ピラニアにはクリルを与えていますが、喰いちぎって食べるせいだと思っていました。

そこで、行きつけの熱帯魚店の店主に相談すると、この炭素繊維マットを紹介してくれました。「究極の濾過マット」「河川等の水の浄化に採用された驚異のバイオテクノロジー!」「業界初!炭素繊維をろ過マットに特殊加工!」などと書かれていました。980円でした。店主の話によると、これはよく効くそうですが、どうしてもだめならさらなる手段もあるということでした。すぐには効果が出ないので、数日かかるだろうとも言っていました。「まあ、魚に関してはせっかちにはならないですからね。じっくり待ちます」と返答しました。

そして、いつものように店主と雑談をしていました。バンデッド・レポリヌスを注文しているのですが、まだ入荷しないと言っていました。それから、最近の熱帯魚業界の低迷について話しました。バブルがはじけたあと、熱帯魚のみならず、世の中は不況ですが、熱帯魚の場合だと、1980年代のように、新種が注目されることがなくなった、というよりも、新種が入ってこなくなった、ということでした。昔のようなマニアックな雰囲気が去ってしまったということは、店主もぼくも同意見でした。店主はぼくと同世代くらいで、父親の代からの店を引き継いでいるので、昔の業界にも明るいようでした。

また、読んで面白い書籍や雑誌がないということでも意見が一致しました。ぼくが中学時代からまる20年、購読していた月刊アクアライフ誌も最近はつまらなくなったし、他の業界誌も似たり寄ったりです。少し前に文一総合出版が創刊したアクアナビという雑誌は硬派な内容で期待していたのですが、4号でストップしてしまいました。このような趣味にお金をかけるマニアも少ないのかもしれません。かくいうぼくも今ではマニアではなく、惰性で飼っているようなものです。但し、小4のとき以来27年、たった1匹に減ったこともありましたが、我が家には常に熱帯魚がいたものです。

炭素繊維マットはまだ濾過機にセットしていません。長い目で様子を見ようと思います。

2008年11月11日 (火)

中国からの手紙

このブログで何度も書いていますが、ぼくはアナログ人間です。2004年にネットユーザーとなってからはどうしてもデジタル化せざるを得ない状況にありますが、ネットで知りあった人もできればHNではなく、本名を名乗りあいたいし、PC画面上だけのつきあいでは物足りず、酒でも飲みながら会話できればと思っています。

そのぼくは、昔から手書きの手紙による文通が好きでした。文通にのめり込んだのは浪人時代からでした。先に大学へ入学した友人たちとの連絡の手段として、うってつけだったからです。電話は料金がかさむし、Eメールはまだ普及していませんでした。手紙を書いて封をし、62円切手を貼って投函するだけでメッセージを送れるので、安上がりでした。大学に入学してからも、札幌と函館の2都市を転々としたため、出会いや別れがあり、遠方の友人と会話するのに手紙は欠かすことができないものでした。そんな友人たちも次第に縁遠くなり、現在まともに文通しているのは大学のサークルで知りあった友人1人のみです。他は年賀状くらいしかよこさないか、Eメールでのやりとりとなってしまいました。

さて、今日は珍しく2通届きました。1通はハガキ(それも年賀ハガキの残り)で、高校時代の同級生からで、冬コミケが当選したので、12月26日必着で小冊子を、というものでした。もう一通は航空便で中国からでした。それも、7年間音信普通だった南京市在住の保母をしている女性からでした。

彼女と知りあったのは2000年のことです。当時、次第に友人たちと疎遠になりつつあったので、新たなペンフレンドを探そうと思って、とある切手の情報誌に文通相手募集の広告を載せました。彼女はそれを見て手紙をよこしたわけです。中国から来るとは予想外でしたが、日本語でOKということだったので、文通が始まりました。しかしながら、彼女の目的は日本の切手を入手することでした。その手紙には中国の切手が同封されており、日本の切手を送ってくれと単純明快な要求が書かれていました。どうやら彼女はぼくも切手を収集していると思い込み、交換するつもりだったようです。でも、ぼくはただの文通がしたかったわけで、切手が必要ではありませんでした。それでもせっかく日本語で書いてくれたので、無碍に断るわけにもいかず、新しい切手が発売されるたびに、郵便局で買い求め、航空便で送りました。彼女は喜び、中国切手をどんどん送ってきては、あの切手とこの切手とその切手がほしいと、要求をエスカレートさせてきました。まずいことに、日本ではそれまで短片で発売されていたのが、組み合わせシートで発売されるようになり、シート単位で送るはめになってきました。したがって、出費もかさみました。これ以上、続けられないと思ったので、金銭的に苦しいと言って、2001年に文通を中止しました。彼女が送ってきた切手は、後に二束三文で切手屋に売り払いました。

そして今日、届いた封筒を開封すると、やはり中国の切手や記念ハガキとともに、手紙が同封されていました。「数年間、通信しなかったが、我々の友情は守るのが望ましい。今年は中日友好30周年で、最近中国では新切手が多い。希望の切手を明記してほしい。日本の新着切手、特にシート希望」とそれだけでした。

正直言って開いた口が塞がりませんでした。ただ手紙を遣り取りするだけの文通ならいいのですが、中国の切手を送ってきても何の役にも立ちませんし、日本の切手を買って送るだけの金銭的余裕もありません。手紙に明記して断ろうかとも思いましたが、彼女がどこまで日本語を理解しているのか不明です。というのも、以前文通していたときも、的外れの返事をよこしてきたりもしました。

返事は留保することにしました。普通だったら無視すべきなのでしょうが、せっかく日本語で書いてきたのだから、冷たい態度をとるのははばかられます。ただ、こちらから切手を送ることは金銭的に不可能です。

なお、RRFの2008年度大会で知りあった香港人のEttaとはときどき英語でメールの遣り取りをしています。英作文が苦手なので、返事がなかなか書けないのですが、猛禽という共通のテーマがあるから会話していても楽しいのです。

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